ロング スロウ ディスタンス東京を率いるマネージャー、穴田一朗氏にとっての「原点時計」と「上がり時計」は?

安堂ミキオ:イラスト

時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。

今回話を聞いたのは、東京・原宿でカジュアルからラグジュアリーまで個性に富んだ品揃えを展開する時計セレクトショップ「ロング スロウ ディスタンス東京」の穴田一朗マネージャーだ。穴田氏が挙げた原点時計はオリス、上がり時計はテルイ&サクラダ雫石「RS-1」である。その言葉を聞いてみよう。

2020年9月11日掲載記事


今回取材した時計の賢人

穴田一朗

穴田 一朗 氏
ロング スロウ ディスタンス東京(株式会社ビックグローブ)マネージャー

北海道・札幌市出身。2012年より現職。学生時代は美術系学校で商業デザインを専攻。卒業後に上京し、丸井グループの小売り事業のひとつである時計販売部門へ就職。カジュアルウォッチ部門を担当した後、ラグジュアリーウォッチ部門へ異動。同店で販売成績上位のセールスエキスパートとして認められて、新宿店へ。有名ブランドだけでなく新規ブランドのセレクトにも携わり、アラン・シルベスタイン、アイクポッドなどを担当する。この時にアイクポッドへの興味を深めると同時に、アイクポッドギャラリーを開店するエバンスより誘いを受けて同店へ転職、マネージャーに就任。その後も数多の有名店より誘いを受ける中で、ユニークな複雑時計を多く取り扱うロング スロウ ディスタンス東京へ移籍、現在へ至る。


原点時計はオリス「ビッグクラウン ポインターデイト」

Q.最初に手にした腕時計について教えてください。

A. 最初に手にした腕時計は、小学生の頃、親に買ってもらったアルバのデジタルウォッチです。「トムとジェリー」のゲームが付いていました。最近ネットで同じ時計の画像を見付けて、懐かしくて記憶が鮮明によみがえりました。

 機械式時計を初めて自分で買ったのは小学5年生の頃です。お年玉を貯めて、近所の雑貨屋で手巻きの懐中時計を買いました。子、丑、寅……と十二支のインデックスが入ったスケルトン仕様のものです。これは好奇心から分解して、壊してしまったのでプラモデルの装飾パーツにした記憶があります。この頃、機械式時計に興味を持ったのは、古いカメラや懐中時計などの収集家だったおじの影響です。

 思い出の時計はいろいろありますが、今回の「原点時計」には、いちばん思い入れのある「オリス」の腕時計を挙げようと思います。高校2年生の頃に初めて自分で買った機械式腕時計でした。当時、機械式腕時計が欲しくなったきっかけは、雑貨屋で「チューダー」のオールドピースに出合ったこと。ですがチューダーには手が届かず、妥協案として近くで陳列されていた「HMT」の機械式腕時計を買おうと数万円を貯めていました。その矢先、たまたま見付けたのがオリスだったんです。ポインターデイトの赤い“三日月型”にやられましたね。学校からアルバイト先へ行く道中にあったパルコの時計店で、たしか5~6万円で販売されていたと思います。さらにアルバイト代を貯めるまでの約3カ月間、ほぼ毎日のように「まだ残っているかな?」とショーケースをチェックしていたことを覚えています。それまで使っていたG-SHOCKやスウォッチから着け替えたとき、女の子には不評でしたけどね(笑)。私自身はかなり気に入っていて、最近、親戚の子にあげるまで大切にしていました。

ポインターデイト

穴田一朗氏が自身で初めて購入した機械式腕時計はオリス「ビッグクラウン ポインターデイト」。SSケースにクリームカラーの文字盤、ゴールドカラーの時分針とアワーマーカーを備える。ブルーのデイト表示を指す先端が“三日月型”の赤い針が特徴的。


「上がり時計」はテルイ&サクラダ雫石「RS-1」

Q.いつしか手にしたいと願う憧れの時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。

A. 本心を言うと「上がり」時計は選べないですね、たくさんありすぎて。でもこの機に2本を考えてみました。まずは、買えない時計。パテック フィリップ・ミュージアムに展示されている通称「コブラ」です。針が横にスライドして時間を表示する独特なもので、これを初めて見たときにはしびれましたね。「なぜこんなに変わった時計をパテックが作ったんだ?」と興奮しました。

 もう1本は、テルイ&サクラダ雫石の「RS-1」です。「上がり」時計と呼ぶに十分なクォリティを備えた市販品として、これが浮かびました。ロング スロウ ディスタンス東京でも取り扱いがありますが、限定8本だけなので、なかなかお目にかかれないものです。雫石の工房で作っているのにセイコーと名乗ってない時計というのも珍しいですね。ふたりの匠が組んで、大メーカーでは作れないものを作ったということや、ふたりがすごく楽しみながら作ったという話も良い。この時計をいつか手にできる日が来るのかどうかは分かりませんが、その暁には、着けるものではなく飾るものとしたいですね。黄綬褒章を授与された組み立て師と彫金師が作る時計ですから。これを観賞しながらお酒でも飲めたら最高です。

テルイ&サクラダ雫石

穴田一朗氏の「上がり時計」は、組み立て師の桜田守氏と彫金師の照井清氏のふたりの匠が作る「テルイ&サクラダ雫石」のファーストモデル「RS-1」。極薄の文字盤にヤマタの大蛇をモチーフにしたドラゴンが手彫りで施され、リュウズにはダイヤモンドがあしらわれる。手巻き(Cal.NB99)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約37時間。プラチナケース(直径40mm)。クロコダイルストラップ。1100万円(税別)。


あとがき

 東京・原宿の明治通り沿いに店を構えるロング スロウ ディスタンス東京。ひとつのムーブメントで4つの文字盤と時間を表示する基幹モデルを展開する「メカニケ・ヴェローチ」や、セレブリティ向けとして誕生した「ティレット」、液体で時を示す「HYT」といった、玄人好みの時計が揃う店として知られる。同店を立ち上げたオーナーが店の顔となるマネージャーとして誘い入れたのが、時計販売の世界で一目置かれていた穴田氏だ。有名ブランドや高級時計専門店などから多くのオファーを受けていた当時の穴田氏は、「いちばん面白そうだから」という理由でロング スロウ ディスタンス東京を選択し、同店を約8年間率いてきた。真の時計好きであり、その知識を惜しみなく教える穴田氏にファンが多い理由は、少し会話すれば分かるだろう。個性的な時計を探している人は店に足を運び、穴田氏と時計談義に花を咲かせる時間を楽しんでほしい。

●ロング スロウ ディスタンス 公式サイト http://long-slow-distance.com/

高井智世


毒がある時計、メカニケ・ヴェローチ 2020新作「アイコン ヴェレーノ」

https://www.webchronos.net/news/51054/
2020年 HYTの新作時計 モノトーンを強調した「H0」のオールブラックなど

https://www.webchronos.net/2020-new-watches/45717/