2020年に自社製の自動巻きムーブメントCal.400を投入し、多くの時計愛好家を驚かせたオリス。翌21年は早くも派生キャリバーをリリースするなど、この400系ムーブメントの拡充に余念がない。今回はそんなCal.400の持つロングパワーリザーブや高い耐磁性能といった特徴・魅力を解説した上で、この400系ムーブメントを搭載する2021年新作モデルの紹介を行う。
Cal.400を搭載するアクイス デイト キャリバー400が小径化。ケース径が2mm小さくなったほか、ダイアルのカラーバリエーションも豊富になった。自動巻き(Cal.400)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SS(直径41.5mm)。300m防水。37万4000円(税込み)。
Photographs by Masanori Yoshie
取材・文:細田雄人(クロノス日本版)
Text by Yuto Hosoda(Chronos-japan)
2021年6月15日掲載記事
オリスのハイスペックな自社製自動巻きムーブメント、Cal.400
2020年にオリスが自社製自動巻きムーブメントCal.400を発表したことに驚愕した人は多いだろう。もちろん、14年に手巻き式自社製ムーブメントの110系をリリースした同社には、自社製ムーブメントを開発するノウハウがあり、それを実現させるサプライヤーもいる。
しかしそれでもセリタと良好な関係を築き、自動巻きムーブメントではセリタ製エボーシュに依存していたオリスが、あえて新規開発に舵を切ったことは特筆すべきだ。そして何より驚きを隠せなかったのは、このCal.400が決して既存エボーシュの代替品ではなく、現代的な設計を持ったハイスペックな自動巻きだということだ。
120時間のパワーリザーブと10年間のオーバーホールサイクル
まずスペック表を見て、目を引くのがパワーリザーブの長さだ。これまでETA2824-2や2892A2、およびそのセリタ製代替機など、自動巻きムーブメントのパワーリザーブといえばパワーリザーブ40時間前後が主流だった。対してCal.400のパワーリザーブはその3倍近い約120時間もある。
2020年10月にオリスが発表した自社製自動巻きムーブメント。高性能なスペックと戦略的な価格を兼ね備える。
確かに近年、ETA2020年問題を見通して各社が基幹キャリバーを開発するようになった結果、パワーリザーブは延びつつあるのが主流だ。とはいえ、その多くは金曜日の夜に腕時計を外して月曜日の朝まで着用しなくても動き続ける約70時間前後に過ぎない。フル巻き上げならばおよそ5日間動き続ける自動巻きというのは、それだけで大きなアドバンテージだ。
この約120時間というロングパワーリザーブをCal.400は主にふたつのアプローチによって実現させている。ひとつ目が動力源の容量を大きく取るということ。そしてもうひとつが、動力伝達の効率化だ。
前者は主ゼンマイを収める香箱をふたつ配するダブルバレル化によって達成した。主ゼンマイの搭載量を増やすというアプローチ自体は、非常に巨大な香箱を採用することで約240時間(約10日間)のパワーリザーブを得た自社製手巻きムーブメントCal.110にも通ずる。
後者は輪列に用いられる歯車を新規に設計することで、主ゼンマイからのエネルギー伝達効率を向上させることに成功。歯型の噛み合いを改善させることでフリクションロスを減らし、輪列の動力伝達効率を約85%まで高めている。
なお、フリクションロスの低減はロングパワーリザーブ以外にもCal.400に大きな福音を授けた。それがオーバーホールサイクルの長期間化だ。歯車の摩擦が少なくなった上、脱進機(ガンギ車とアンクル)は摩耗しにくく、かつ注油の必要がないシリコン製に改め、さらにアンクルの爪石を取り去ることで軽量化。これらの取り組みによって、ムーブメントへの負荷が抑えられたのだ。
そのためオリスではCal.400搭載モデルの推奨オーバーホールサイクルを約10年間としている。また、メンバーシップサービスの「My Oris」登録を行うことを条件に、購入から10年間の品質保証をうたっている。
シリコン脱進機で2250ガウスの耐磁性能を実現
現代社会において、機械式腕時計に欠かせないスペックのひとつが耐磁性能だ。Cal.400ではガンギ車とアンクルに非磁性素材のシリコンを使用し、またその他のムーブメントパーツのうち、精度に関わる30個の部品に非鉄製もしくは耐磁製素材を使用することで、2250ガウスという高い耐磁性能を実現している。
約1万5000ガウスというマスター クロノメーターほどの超高耐磁性能を持っているわけではないが、強化耐磁時計の基準が200ガウス、軟鉄製インナーケースを用いて磁気帯びを防ぐタイプの時計がおよそ1000ガウスあたりであることを考慮すれば、十分と言えるだろう。
Cal.400に個性を与える合理的なディテール
近年の自社製ムーブメントを見るべきポイントのひとつとして挙げられるのが緩急調整装置である。高級機と一部のミドルレンジ機では緩急針を持たず、代わりにテンワに取り付けられたマスロットやウェイトによって歩度を調整するフリースプラングテンプが採用される。従来の緩急針では、衝撃がムーブメントに加わった際に緩急針がずれてしまい、精度に影響が出ることがあるからだ。
しかしオリスは価格を抑えるためか、フリースプラングを採用していない。ではCal.400は衝撃に弱いのかというと、決してそうではない。緩急針をラック&ピニオンで保持する微動緩急針を用いているのだ。この方式ならば緩急針は歯車と噛み合っているため、よほどの衝撃でもない限り飛ぶことはない。
その上、緩急針はフリースプラングのマスロット以上に歩度の調整幅が広いという利点もある。コスト面と性能のバランスを両立した、オリスらしい合理的な選択と言える。
合理的な設計という面では、自動巻き機構も同様だ。両方向ではなく、片方向巻き上げを選択した理由は、オリスいわく「巻き上げ機構の摩耗が少なく、かつメンテナンスが少なくて済む」から。付け加えるならば、片方向巻き上げの方がデスクワークのような運動量が少ない状況でも確実に巻き上がる。また、ローター自体もボールベアリングではなくスライドベアリングが採用されているが、これも負荷がかかりづらく、耐久性が高いという判断の下だ。
いずれも合理性を重視した選択ながら、それがムーブメントの個性として反映されている点に、Cal.400の奥深さがある。