世界一“気の毒な”時計ブランド 「ロレックス」について改めて考える

慢性的な品薄が生む「陰謀論」

 シンプルな3針モデルでも約130個の部品から構成される機械式時計。その製造・調整・検査の工程では、人の手による作業を含め、想像以上の手間や時間がかかる。そのため、生産計画や生産本数を公開しないのは、時計の世界では珍しくない。前述したように、そもそも財団法人であるロレックスには、株式会社のような情報公開の義務はない。

 ところがロレックスの場合、圧倒的な人気による品薄状態が慢性化し、その結果、正規の販売価格と中古市場価格がびっくりするほど違う。さらに新型コロナウイルス危機の中で投資の対象にする人も増え、中古価格が上昇し続けるという異常な事態になっている。

 特にロレックスの中でも価格帯が最も身近で、そのため最も人気が高いステンレススティール(オイスタースチール)製ケースのプロフェッショナル ウォッチの場合、正規の価格で購入したものをただ買取業者に転売するだけで、即座に大きな差益を得ることができてしまう。

 2020年の年末から2021年の春にかけて、日本のバラエティー番組や経済番組が、こうしたロレックスの状況をネタにした番組を放送した。それ以前から「転売ヤー」たちがこのような状況を作り出していたが、これらの番組を見て「自分も転売でひと儲け」と思ってしまった、困った人たちもいるようだ。実際、初対面なのに、筆者が時計ジャーナリストだと知って「あなたのコネで何とか買ってもらえないか」といきなり頼んできた人も何人かいる。

 こうした状況が、人気モデルを求めて販売店をハシゴする通称「ロレックス・マラソン」や、「ロレックスは、生産・販売数を意図的に絞っている」「ロレックスは、実は一部の特別な人たちだけしか購入できない」など、ロレックスに関する根も葉もない「陰謀論」ともいうべき噂を生んでいるのだ。

 この状況は世界中で起きている。アメリカの「Yahoo!ファイナンス」に対するロレックスの公式コメントは、「ロレックスがパーフェクト・ストーム状態にある」つまり「最悪の事態」にあるというタイトルの一文について寄せられたものだ。

ロレックスが求めに応じて“オフィシャルコメント”を寄せた「Yahoo!ファイナンス」に掲載された記事「Why the Rolex watch shortage is a 'perfect storm'」。プロデューサー兼リポーターのプレス・スブラマニアン氏による(以下のURL参照)。
https://news.yahoo.com/why-the-rolex-watch-shortage-is-a-perfect-storm-144250922.html?guccounter=1


公式に「陰謀論」を否定したロレックス

 筆者はロレックスをかねがね、“気の毒な”時計ブランドだと思ってきた。時計ジャーナリストとしては、もちろん不満もある。日本のメディアだけなのかもしれないが、他の時計ブランドのように、ファクトリーなどの取材をすることができないからだ。

 しかし、その製品はお世辞抜きで素晴らしい。常に未来を見据えて、休みなく技術革新に取り組み、ひたすらまじめに誠実に高品質の時計を作っている。そして、限られた正規販売店で定価販売しているだけなのだ。

 だからロレックスには、販売した製品が高値で転売されていること、中古価格が高止まりしていることについて、何の責任も罪もない。加えて陰謀論まで囁かれてしまうのは、とにかく気の毒というしかない。

 これまでロレックスは、こうした状況をただ放置してきたわけではない。ステンレススティールモデルの購入時にパスポートの提示を求め、1年間の販売数を1本に限定し、転売ヤーを締め出す。また、雑誌などのメディアに品薄状態の人気モデルの掲載を控え、人気を煽らないように要請してきた。これは時計ブランドとしてはできる限りの対策だろう。ただ前に述べたように、ロレックス自身が品薄になっている理由などについて公式にコメントすることはこれまでなかった。

 ところが今回、初めて自らコメントというかたちで陰謀論を否定した。以下に、ロレックスが「Yahoo!ファイナンス」に寄せたコメントを翻訳してみた。

 なお、ロレックスのこのコメントの原文は英語で、「Yahoo!ファイナンス」のウェブサイトにプロデューサー兼リポーターのプレス・スブラマニアン氏が書いた「Why the Rolex watch shortage is a 'perfect storm'」というタイトルの、以下の記事の末尾に掲載されている。原文を読みたい方は、そちらをご覧いただきたい。

【翻訳文】
当社の製品の品薄状態は、当社の戦略ではありません。現在の生産体制では、現在の需要を完全に満たすことはできないのです。少なくとも、当社の時計の品質を落とさずに、この需要に対応することはできません。「卓越した基準」を満たすためには時間が必要であり、これまでもそうしてきたように、私たちはすべての時計が私たちの「卓越した基準」を満たすうえに、品質、信頼性、堅牢性の面でお客様の期待に応えられるよう、必要な時間をかけてまいります。ロレックスは、優れた時計を製造するために必要なことには、決して妥協しません。

ロレックスの時計はすべて、スイスにある4つの自社拠点で開発・製造されています。品質、性能、美しさに関するブランド独自の高品質な基準を満たすように、細心の注意を払いながら手作業で組み立てられています。当然のことですが、生産能力にはどうしても限りがあります。ですが、私たちは常に品質基準に沿って、可能な限り生産能力を高めているのです。

最後になりましたが、ロレックスの時計は、お客様への配分を独自に管理している、正規販売店のみでご購入いただけます。
(翻訳文終わり)

 このコメントが伝えるロレックスの主張、それは次のふたつだ。

 ひとつは、品薄状態はロレックスの販売戦略ではなく、品質に関して一切妥協せず、良い時計作りをひたすら誠実に行っている結果であること。

 そしてもうひとつが、ロレックスは製品の顧客への配分には関与せず、販売店に一任していること。


悪いのは、ロレックスより周辺の人たち

 この主張を信じられないという人もいるだろう。だが筆者は、この主張はほぼ妥当だと思う。消費者が直面する「ロレックスに関する問題」。その責任のほとんどは、ロレックスよりも、「人気のロレックスでひと儲け」したいと考えている業者や購入者たちにある。

 前にも述べたが、ロレックスはただひたすら真面目に、誠実に「最良の時計作り」を続けてきたし、これからも続けようとしているだけなのだ。

 筆者は、このコラムをお読みいただいた方には、ぜひこの事実を念頭に置いて、冷静にロレックスと付き合ってほしいと思う。

 なぜなら、それが真面目で誠実な時計作りをしているロレックスへの、何よりも敬意を表した付き合い方だと思うから。



2021年 ロレックスの新作時計まとめ

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ロレックスGMTマスターの歴史と系譜。現行モデルの特徴も紹介

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何がロレックスに大きな成功をもたらしたのか? その9つの理由

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