グローバル化する時計業界
新世代のためのウォッチ・マーケティング・デイ
2021年、単日で「ウォッチ・マーケティング・デイ」が開催された。この初めてのカンファレンスでは、clubhouseやeゲームなど、若い時計愛好家のコミュニティが好む新しいデジタルツールについて議論する機会が設けられた。また、これまでの世代とは明らかに異なるコレクターたちの新しい輪郭を浮き彫りにする試みが見られたが、逆説的に、これらの新しいコレクターたちは輝かしい時計の過去に興味を持つこととなった。
グローバル化するウォッチメイキング・コミュニティ
依然、疑問は残っている。コレクターズウォッチの人気を支える原動力は何であろうか? ピュリストとしての心からの動機であろうか、それとも投資価値の追求だろうか、はたまた単なる投機なのか?
今回のレポートでは、時計収集の世界をテーマにインタビューを行っており、この中に、時計収集に身を捧げる興味深い考え方を持つ人がいた。彼女は、単純に投機だけを視野に入れている人々や、一定のモデルの神話化に興味を持ちすぎる人々の出現を嘆いている。しかし彼女は時を経ても価値を失わないことが、自分の購入動機のひとつであることも認めている。それだけが彼女の動機ではないことこそが、コレクションと投資の線引きとなるものなのである。
インターネットがもたらした大きな透明性のおかげで、価格、来歴、技術的詳細のどれにおいても(そこに関係するフェイクニュースからくる否定的影響力を大目に見たとしても)、コレクターたちは以前と比べてはるかに多くの情報に接することができる。これにより自分の持っている時計の価値が上昇傾向なのか下方傾向なのかを含めて、情報に裏打ちされた選択を行えるようになったのである。
大きなデジタルマーケットがコレクター、投資家、そして投機家ともいえる人々の活躍の場を広げている。より多くの情報、コンテンツに誰もがアクセスでき、コレクターにとって可能性の広がる機会を提供しているのだ。時計業界は既にグローバル化が進んでおり、今度はウォッチメイキング・コミュニティがグローバル化する番だといえよう。
台頭する一般顧客
バイヤーのコミュニティは、発言力を強め、新しい顧客を獲得して成長したいという願望とともに、ブランドへ「デジタルバッシング」に対する不安を与えている。
現在直面している投機の時代は、何よりも一般顧客の力が高まっていることを示している。これまでブランドや小売業者がほとんどを占めていた舞台にまで、自分の居場所を見付け始めているのだ。
最近では、代表的なコレクターと代表的な時計メーカーとの提携も見られるようになった。その一例がクロード・スフェールとフィリップ・デュフォーのコラボレーションだ。個人間の時計に関する情報交換も多様化しており、コレクターの中には自分のブランドを立ち上げる人も増えている。全てのコレクターがこの局面に参加し、多彩なグループを形成している。富裕層から成るコレクター、ビギナー、価値の上昇に賭ける人、単純に時計を愛する人などである。
そこではカシオとF.P.ジュルヌの両方をコレクションに持つことは、なんの問題でもない、むしろその逆である。時計愛好家の真の意味でのグローバル化が進んだコミュニティが水面下で誕生しつつある。それは我々の誰もがアクセス可能な新しいデジタルツールのおかげだ。そこに見られる特定の時計にまつわるカジノ効果などの欠点は、この新しい、そして情熱的な局面における素晴らしくダイナミックな様相を減じるものではない。
時計業界の新たな支持層
ソーシャルネットワークのおかげで、この新しい顧客層はこれまでになくその意見を発信し、それはブランドが新しいコレクションを発表する際に顕著である。オーデマ ピゲが2019年にCode 11.59を発表した際に、その影響を目の当たりにした。オンラインではその文字盤のデザインが多くの批判に手厳しくさらされたのだ。しかしオーデマ ピゲはその立場を堅持し、同コレクションの新しいバリエーションの展開を続けている。
逆説的ではあるが、ブランドのファンで構成される愛好家のコミュニティはブランド本体よりも保守的で純粋で、原理主義的でさえあるのだ。現代では、全ての新しいものがネットワークによって吟味される。強い力を持っていたブランドにとっては、快適な環境であっただろう。
愛好家のコミュニティの中には、応援するブランドの人気に大きく貢献しているところもある。象徴的な例としては、ソーシャルネットワークが今ほど定着するずっと以前に設立されたパネライ愛好家によるパネリスティがある。このコミュニティは3万人以上のメンバー、世界に点在する30以上の拠点を通して構成されている。ブランド側はこのコミュニティと継続的な対話を維持し、2020年の「ラジオミール ヴェンティ 45mm」のような限定モデルを製作している。彼らはある意味、「聖域の守護者」なのだ。
パネライのCEOであるジャン-マルク・ポントルエは、パネリスティの持つ「常に新しい情熱」に驚かされ続けていると語る。「パネリスティはブランドについて非常に確かな見解を持っています。つまり、しっかりとした歴史的知識を持った純粋主義といえます。彼らと共にあることでパネライは市場に対して純粋で自発的な可視性を得ることができますが、それもパネリスティが完全に自由な発言を行っているからです。パネライはエモーショナルなブランドです。私が運営に携わるブランドは、開発に対しても注意を向けることを怠らず、無反応ではなく時には批判的な意見を展開する愛好家に支持されるものであってほしいと思っています。ネットワークの強みを生かすことによって、コミュニティはさらに強力なものになっていくでしょう」。
コレクターは売却を躊躇しなくなった
この多彩な愛好家のコミュニティは、単にコメントするだけでは満足せず、時計経済において直接取引を実行するプレイヤーとしての側面をだんだんと強く打ち出しており、100フランほどのモデルであろうと数十万フランの複雑な時計であろうと、自分が持っている時計をますます速いスピードで売買している。ヴァシュロン・コンスタンタンでの経験を経て、ドバイのクリスティーズ時計部門の責任者として着任したレミー・ジュリアは、この潮流の変化を目の当たりにしてきた。「中東では、売却よりも購入という文化に根差しており、それは経済的な必要性という概念と結び付いていました。歴史的に見てもこの地域には主要なコレクターたちがいましたが、販売される時計の大半は世界の他の地域からの流入となっていたのです」と続けている。
しかし、ここ数年でこの状況は一変した。「今では、オークションで時計を売ることに抵抗がなくなった地元のお客様からの出品が半数を占めています。彼らはオークションで時計を売るという考え方にたどり着いたのです。もう人目を気にすることなく、むしろその話題を自ら始めたりしています」とジュリアは強調している。ここでも、象徴的な販売やモデルについてはメディアで取り上げられ、時計文化への理解を深めるドバイ ウォッチ ウィークなどのイベントが開催されている。ソーシャルネットワークは時計を投資対象として正当化し、より流動的で変化の激しい市場において、財務の多様化という考えのもと購入・売却が行われている。WatchBoxのようなEコマース・プラットフォームの出現により、時計の購入や売却のプロセスはより自然なものとなった。このWatchBoxは地域を牽引するリテーラーAhmed Seddiqi & Sonsと協調体制にある。またコロナ禍の波を受けて、クリスティーズは2021年3月末から4月初めにかけて時計のオンラインオークションを開始した。「現在ではヴィンテージ時計の市場はクラシックカー市場より、その重要性を増している」とレミー・ジュリアは語り、「そこには真の意味での愛好家が存在し、取引量は驚異的なものとなっている」と続けた。
時計市場が健全であるためには、常にコレクターの存在が欠かせない。収集という行為自体ははるか昔から認められているが、愛好家たちは今、これまでにないほどに力強く発信を行っている。今後は彼ら愛好家たちも、業界の舵取りを担っていくだろう。
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