体験のレベルを少しずつ引き上げたseries 7
これが“腕時計”の世界であればケースの素材や仕上げ、全体の造形や盤面のデザイン、構造、あるいはムーブメントなどで差異化が行われるところだろう。その歴史が毎年繰り返された結果、高級腕時計の世界は嗜好品としての先鋭化を究めてきた。
アップルもApple Watchを立ち上げるに際して、そうした腕時計文化に迎合する姿勢を見せたことは、初代モデルの18金ケースモデルやその後のセラミックケースモデルなどからも感じ取ることができよう。
しかし、さまざまなトライアルを繰り返してきた中で、アップルは従来の“腕時計”とは異なる考え方で“Apple Watchを嗜好品”へと高めようとしているようだ。
もちろん、それは数100万円といった高級腕時計の世界とは異なる。
従来よりもディスプレイベゼルが40%狭くなり、表示面積がSeries 6から約20%、Series 3から50%以上拡大したという“数字”は電子デバイスとして重要な部分だが、それ以上にオーナーの満足感や見た目のインパクトという点でアップル自身が力を入れたポイントだ。
バッテリーの持続時間にスペック上の違いはないが、充電速度は新しい技術により引き上げられた。ワイヤレス充電の手軽さはそのままに、付属の新しい充電器を使うことで、これまでよりも33%高速に充電できる。
こうした高速充電により、入浴時、あるいは起床してから朝食を摂る間などのちょっとした隙間に充電するだけで、その日1日を電池不足なく過ごせる上、睡眠のトラッキングまで行うことが出来る。
余談だが、腕時計をして睡眠することに抵抗感を持っていた筆者だが、寝ぼう常習犯の筆者をアラーム音を鳴らすことなく、手首に伝えるシャープな振動感だけで起こしてくれるようになったことで、いまや寝る際には手放せない道具になってしまった。
しかも入眠の状態を見据えて賢く起こしてくれるため、実に爽快な気分で目覚めることができる。
前回のコラムでもお伝えしたように、新しいディスプレイに合わせた独特の迫力ある盤面の佇まいも魅力だが、基本機能が感性のレベルでチューニングされていることが、Apple Watchを使うことの心地よいライフスタイルを磨き上げてくれる。
そこにステンレススティールやチタンを使ったケース、多様な素材とカラーバリエーションのストラップ、それに最もモピュラーなアルミケースでも深みある色合いが吟味されるなどの要素が重なり合い、体験の質、レベルを少しずつ引き上げている。
スペックだけでは見えない価値を突きつめたところに「Apple Watch SEに加える何か」を求め、秘伝のタレとして上質に仕上げているのが、毎年の最上位モデルと考えればいい。
“嗜好品”への入り口
貴金属を使っているわけではないとはいえ、ケース素材やストラップのデザイン、素材、装着感に力を入れているのだから、すでに“嗜好品”としては前に進んでいるのだとも言える。筆者はそれをデジタル製品としてのApple Watchでも突きつめ、表示サイズやベゼルの細さ、盤面デザインやアニメーション、常時点灯モードでの明るさや充電時間短縮などで体験レベルを上げることで、より上質な商品としての価値を出しているのだと、実際のApple Watch series 7を使いながら感じている。
ここまでの落ち着いたモノづくりをデジタル製品で行えるのは、Apple WatchがiPhoneのコンパニオンデバイスに徹しているからに他ならない。不可分であり、アップル全体のビジネスを支えるいくつかのピラーのひとつ故、拙速に目先の利益を追う必要がない。
多数、多様なスマートフォンに対応しつつ、単独の製品、ブランドとして成立させていかねばならない他のスマートウォッチと比べることはいささかフェアではないとも思う。しかしそれこそがアップルが創り上げてきたものでもある。
高級腕時計という枠組みではなく、ウェアラブルデバイスという枠組みの中での“嗜好品”。それは機能主義、効率とコストパフォーマンスの固まりであり、主張せず存在感が希薄なほど使いやすいフィットネスバンドと真逆の価値観だ。
テクノロジージャーナリスト、オーディオ・ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。1990年代初頭よりパソコン、IT、ネットワークサービスなどへの評論やコラムなどを執筆。現在はメーカーなどのアドバイザーを務めるほか、オーディオ・ビジュアル評論家としても活躍する。主な執筆先には、東洋経済オンラインなど。
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