それでも消えぬ、モヤモヤの理由
これまで、パテック フィリップとティファニーはいくつかのダブルネームモデルを世に送り出してきた。そのなかでも最新のこの170本限定のダブルネームモデル「ノーチラス Ref. 5711/1A-018」の魅力は飛び抜けている。だからこのチャリティーオークションは大成功を収めた。
ただ、それでも「モヤモヤする」と言ったのは、この落札価格が、ニューヨーク、サンフランシスコ、ビバリーヒルズのティファニーブティックでこれから定価の5万2635ドル(約598万円)で販売される残りの169本が二次流通するとき、つまり二次流通市場で取引される際の“価格の目安”になってしまう心配があるからだ。
人気があるものは高額で取引される。これはアンティークウォッチの市場では当然のことだ。そのこと自体に何も問題はない。ただ、今のアンティークウォッチの「異常な人気」が時計に対する本当の人気であり「フェアなもの」だとは、正直なところ、筆者にはとても思えない。この時計が二次流通市場に流れた場合、このオークションの結果が過度に反映されて、その価格が“度を超した異常なもの”になることは、残念ながら間違いないだろう。
それは時計業界全体にとって、必ずしも良いことではない。なぜなら、それでこの時計に関わった多くの人々が幸福になれるとは、どう考えても思えないからだ。
その取引に敬意はあるか?
https://www.phillips.com/auctions/auction/NY080121
以前、『クロノス日本版』本誌に書いた“ロレックス・マラソン”を巡る記事や、ロレックス陰謀論を取り扱ったこのコラムで書いたように、こうした投機的な取引で生まれる巨額の利益は、この時計を作ったパテック フィリップや顧客に販売したティファニーの従業員には一切還元されない。しかも、投機だけが目的の人たちには、この時計を生み出し、顧客に届けた人々への敬意はない。
おそらく発売直後から169本あるこのモデルのうち、少なからぬ数が“転売ヤー”の手で即座に二次流通市場に持ち込まれ、販売価格の何倍ものプライスタグが付けられて流通することになるだろう。残念ながら。
“転売ヤー”のこうした行動は、誠実なモノづくりから生まれる、製品をきっかけにつながる“人と人の幸福な関係”を最終的には破壊する行為にほかならない。ただ、これはあくまでもモノづくりの取材をライフワークにしてきた筆者の個人的な見解だが。
アメリカのティファニーブティックでこれから販売される残りの169本のこのモデルが、1本でも多く、実はパテック フィリップにもティファニーにも何の興味も敬意もない人々の投機的取引の対象になるのではなく、本当にこの時計を愛する人に長く使われ、その人を幸福にすることを心から祈るばかりだ。
https://www.webchronos.net/features/37038/
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