職業ダイバーの声がきっかけとなった“外胴ダイバー”の新作セイコー「プロスペックス マリーンマスター SBBN051」
1965年の“ファーストダイバー”と呼ばれる「62MAS」ダイバーズウォッチを発表以降、性能の向上が続けられ、「6105」が探検家の植村直己による北極圏の犬ぞりでの横断で使用されるなど、60年代末には、セイコーのダイバーズウォッチは過酷な環境でも稼働する信頼性を獲得していた。
しかし、特殊な環境ではその性能は十分でなかった。68年にセイコーウォッチ(当時の服部時計店)に届いた一通の手紙には、当時市販されていたどんなダイバーズウォッチでも、飽和潜水システムでは耐えられないことが記されていた。送り主は広島県呉に住むプロフェッショナルダイバーであった。ではなぜ、当時のダイバーズウォッチは耐えられなかったのか?それは、飽和潜水の仕組みが関わっている。
本作と同様の1000m防水とCal.7C46を搭載するSBBN013は、2014年の実験により、保証された防水性能を大きく超える水深3000mでの稼働が確認されている。この結果は全ての個体の性能を立証したものではないが、積み重ねられた改良と適切な品質管理が類稀な製品を生み出したのは間違いない。クォーツ(Cal.7C46)。電池寿命 約5年。Tiケース+セラミックス外筒(直径49.4mm、厚さ16.3mm)。1000m飽和潜水用防水。29万7000円(税込み)。
人間が潜水して高い水圧に晒されると呼気内の窒素などが生体組織に溶け込んでゆき、浮上すると水圧が低下してそれが排出される。この時、浮上速度が速いと体内に気泡が急激に生じ、減圧症と呼ばれる症状が発生する。減圧症が現れないようにするにはゆっくりと浮上すればよいが、100m以上の深海で業務として潜水を行うには現実的ではない。そこで飽和潜水が用いられる。飽和潜水は、ダイバーが高圧ヘリウム混合ガスの呼吸気体で満たされたカプセルに入り、ダイバーの体内をヘリウムガスで飽和した状態にした上で、カプセルごと深海に投入されるものだ。ダイバーは、このカプセルと海中を行き来することで、長時間、効率的に深海での活動を行うことができる。
この時、ヘリウム分子はサイズが小さく、しかも加圧された状態であるので、一般的なダイバーズウォッチならばヘリウムガスがガスケットを通過してケース内部の圧力が高まってしまう。このままの状態でケース外部の圧力が低くなると内部のヘリウムガスが外部に出ようとして、風防が飛ぶなどの故障につながってしまう。
この課題に対して諏訪精工舎は、ヘリウムガスの浸入を防ぐ透湿率の低いブチルゴム系のL字型ガスケットや、リュウズ部のOリングを圧縮して気密性を高める「ねじロックリュウズ構造」、チタン製ワンピースケースを採用した「6159-022」を開発し、1975年に発表した。外観も特徴的で、頑強さを高めるためのチタン製外胴を備えたプロポーションから、後にファンからは“ツナ缶"”呼ばれるようになる。海での信頼性を極限まで高めたプロポーションから、海にまつわる愛称が付いた点は興味深い。
多くの船舶を導いたマリンクロノメーターの重鎮ユリス・ナルダンが手掛ける「マリーン トルピユール」
15世紀の大航海時代の幕開けによって、船舶の往来は経済や軍事の観点から非常に重要なものとなった。しかし船の位置、特に経度(イギリスのグリニッジ天文台を0度として東西への進み具合を示す角度)の測定方法の確立は1700年頃まで待たねばならなかった。その測定方法とは正確な時刻と、その時の天体の位置の対応関係から経度を求めるもので、最も単純な例では、正午ぴったりの太陽高度(仰角)を測定する方法であった。この方法は、揺れる船内であっても秒単位の精度を維持する時計の存在が前提となっており、実用的で使用に耐えうる高精度な時計が普及するのは1790年頃まで待たねばならなかった。
近代においてトルピユール(駆逐艦)は重要な役割を担うようになった。マリーン トルピユールもユーザーにとって重要な役割を担う存在となれば、名前との共通点が生まれて、大切なタイムピースとなることだろう。自動巻き(Cal.UN-118)。50石。2万8800振動/時。パワーリザーブ 約60時間。SS(直径42mm)。50m防水。100万1000円(税込み)。
このような船舶の位置測定を目的とした時刻管理用の高精度時計はマリンクロノメーターと呼ばれる。マリンクロノメーターは、揺れる船内でも精度を維持しなければならいので、水平状態を維持するためのジンバルを備えたケースに収められる。ジンバルは、糸の先に付けた(多くの場合は鉛製の)重りが重力に引かれて地球の中心方向を向く(鉛直方向の語源である)原理を利用して、リンクと重りによって鉛直方向を作りだし、それを利用して時計を水平に保つ構造である。この他にも、毎日定時に巻き上げを行い、稼働状況を航海日誌に記すなどの厳密な管理が行われ、可能な限り精度を高める工夫がなされていた。
さて、マリンクロノメーターの分野で高いシェアを獲得したのが1846年創業のユリス・ナルダンである。55カ国もの海軍で使用されたユリス・ナルダンのマリンクロノメーターは1900年進水の、日本海軍の戦艦「三笠」にも搭載されていた。このマリンクロノメーターの実物は、神奈川県横須賀市の「記念館三笠」にて展示されている。
そして、このマリンクロノメーターの系譜を引き継ぐのが「マリーン トルピユール」である。マリンクロノメーターはいくつかの種類があり、旗艦に据え付けられたデッキクロノメーターや、デッキクロノメーターを基準として船長が持ち運ぶためのポケットクロノメーターが存在した。マリーン トルピユールはポケットクロノメーターに着想を得たデザインである。トルピユールとは駆逐艦を意味するフランス語で、護衛や前線での攻撃、偵察など多岐に活躍する艦種であり、ユーザーの腕元で多角的に活躍する時計の思いが込められているのだろう。ケース径42mmの本作は、ダイアルがギリギリまで大きく取られており、当時のモデルから着想を得たローマンインデックスを用いる視認性の高いデザインを備える。ダイアルの半径分に近い大きさのスモールセコンドは、正確な測時が必要であったマリンクロノメーターの系譜を引き継ぐものであり、今作でもアイコンとなっている。
国際信号旗をデザインに取り込んだコルム「アドミラル」
国際信号旗が発色良く明瞭に描かれている点や、立体感に富む三階層に分かれた文字盤が見どころの本作。薄く仕立てられて着用感が良いことも注目。自動巻き(CO 082)。21石。2万8800振動/時。SS+ブルーPVD×18KRG(直径38.0mm、厚さ 9.3mm)。50m防水。96万8000円(税込み)。
海洋に関わるアイコンをデザインに取り込んでいるモデルもある。コルム「アドミラル」コレクションである。現在のアドミラルは、60年に初出の「アドミラルズカップ」をルーツとする。これは、イギリスのセーリングクラブによる同名のヨットレースを記念したもので、当時としては珍しい防水性能を持ったスクエアモデルであった。
海洋に関わるデザインが採り入れられたのは83年で、現在にも引き継がれる12角形ベゼルに国際海洋信号旗がインデックスに配されるようになった。また、ガンブルーのイメージカラーもこの時に採用されている。
インデックスに配された、一見すると日の丸やオランダ国旗、イングランド国旗のようなアイコンが国際海洋信号旗である。これは、通信機器が発達していなかった時代に目視できる距離にいる船舶同士が意思疎通する世界共通の手段として、各種信号旗に数字を含む文字を対応付けたものだ。また、それぞれは文字を表すのに加えて、その旗もしくは組み合わせに意味が定められているのも特徴である。通信技術が発展した現在では、“文字の伝達手段”としての役割は減ったが、それぞれの旗に対応付けられた意味で船舶の状態を示すことが続けられている。具体例としては、船の種類や所属組織によっても異なるが、船舶の進行状況の掲示や、救助要請を意味して掲げられたりする。
国際信号旗は信号であるため、多少の視界不良でも識別できる明瞭なデザインが採用されている。これをインデックスに用いる際に、縮小による潰れや歪みが生じれば実際の信号旗と印象が大きく異なってしまう恐れがある。コルム「アドミラル レジェンド 38」のインデックスは、丁寧にゴールドで縁取りされてクッキリとした細工によって描かれている。また、どの色も発色が良くて鮮やかで、キレがある。このインデックスが非常に明瞭に描かれていることは、信号旗を由来とする点と呼応すると筆者は感じており、由来を知ることによって魅力を再発見できる一例である。
ルーツを知れば新たな魅力に気付く
今回の記事を執筆するにあたり、改めて各モデルの由来を知ることで、筆者はそれぞれの魅力を再認識して欲しくなった。使用して、その世界観を自分の中に取り込みたいと感じている。
マリーン トルピユールのユーザーであれば、横須賀を訪れれば愛用するモデルのルーツのひとつで、歴史的なピースに出会うことができる。これは非常に幸運なことだ。そうやって、教科書の中の出来事が身近になり、歴史ロマンの一端に触れることとなる。視野を広げれば、時計にはこういった楽しみもあると言えるだろう。
さまざまなルーツを知ることで、自分が最も共感できる、あるいは興味深いと思えるブランドやモデルを見つけ、長く付き合える一本と出会えることができれば幸いである。
https://www.webchronos.net/iconic/24714/
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