1980年代に独立時計師フランク・ミュラーが生み出した「トノウ カーベックス」。3次元曲線と呼ばれる平面の存在しない形状を持つケースはブランドのアイコンとなっただけではなく、その後の機械式時計ブームを牽引するほどに大きな存在へと成長していった。ブランド創業30周年記念モデルを通じて、その普遍的な魅力に迫る。
ブランド創業30周年を記念したモデル。1996年に登場した2モデルでのみ採用された市松模様文字盤を復活させた。ダイアルカラーはブルーとホワイト、ブラックの計3色で展開される。自動巻き。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KYG(縦45×横32mm)。日常生活防水。269万5000円(税込み)。
細田雄人(本誌):文 Edited & Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年7月号掲載記事]
フランク ミュラー「トノウ カーベックス 30th」
天才時計師として名を馳せていたフランク・ミュラーが、ヴァルタン・シルマケスと共に自身の会社「フランク ミュラー ウォッチランド」を創業し、本格的に腕時計を生産するようになって30年。この間に同社は「ロングアイランド」や「ヴァンガード」といった新しいケースを開発することでコレクションを拡充させ、〝フランク ミュラー〞を独立時計師の手掛けるマイクロブランドから、スイスを代表する時計メーカーにまで成長させている。しかし、新コレクションが誕生しようとも、常にブランドの顔として人気を牽引し続けてきたのは、原点と言うべき「トノウ カーベックス」だ。
ブランドのみならず、時計師フランク・ミュラーの代名詞としても名高いトノウ カーベックス。トノー型とも異なった、3次元曲線とも称される平面が存在しないケース形状が誕生したのは1980年代までさかのぼる。きっかけはイタリア人コレクターとの会食の席で、コレクター夫人が述べた「自分らしいデザインの時計を作ったら?」というひと言だった。それまで複雑時計の開発にしか注力してこなかったミュラーは、この発言によって独創的なケースの製造に着手し、トノウ カーベックスを生み出したのである。もし、ミュラーがトノウ カーベックスを作らず、複雑時計のみを作り続けていたら、ブランドがここまで大きくなることはなかっただろうし、90年代の独立時計師ブームも起こらなかったかもしれない。
そんなトノウ カーベックスを創業30周年記念モデルの第1弾として採用したのが新作「トノウ カーベックス 30th」である。アイコニックなケースに市松模様パターンのダイアルを組み合わせた同作は、まさに〝フランク ミュラー〞らしさが詰まった良作だ。ホワイト、ブルー、ブラックの3色で展開されるカラーダイアルは20層にもわたってラッカーを厚塗りすることで独特の光沢を得ている。光を当てた際の濃厚な艶感は、現在のトレンドである薄塗りのラッカー塗装やPVD、CVDといった蒸着系カラーダイアルでは得がたく、長年ラッカーの厚塗りを続けてきた同社ならではの魅力である。また、これだけラッカーを厚塗りすると、通常は地金に施したパターンは埋もれて目立たなくなってしまう。同作の市松模様がこれだけはっきりとしているのはプレスによる型押しが深い証拠だ。
稀代の開拓者が生み出したトノウ カーベックス。その伝説は変わらず時計愛好家を魅了し続ける。
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