“必要十分”な製品と“ベストを尽くした”製品
過去数年にわたって、アップルはiPhone Proにスマートフォン向けに量産実装できる最先端の技術を盛り込んできた。ドルベースの価格はほぼ維持してきているが、そのコストは上がり続けていると見られる。
一方で機能面を見るとiPhone Proシリーズは、投資効率などを考えた際に「そこまで必要ない」と思える要素も少なくはない。ナンバーシリーズ、例えばiPhone 14/14 Plusは性能や機能、全体の品質管理(ディスプレイ、マイク、スピーカー、カメラなど)が行き届いた高級機であり、廉価版ではない。
しかし、そうした本来の高級機、あるいはアップルの事業を下支えする重要なモデルであるiPhone SEを含む製品全体のブランドイメージを高めるためにも、iPhone 14 Pro/14 Pro Maxが“ベストを尽くした”製品であることに意味がある。
単独モデルでの経済合理性よりも、ブランド全体の価値を左右する製品という意味では、カジュアルな価格帯の製品もラインナップ(あるいはグループ内の他ブランド)に持つ高級腕時計メーカー、ディフュージョンブランドを別ラインで持つファッションブランドなどとも似たやり方と言えるかもしれない。
旧来のデジタル製品評価軸からも目線をズラすことに成功したアップル
もっとも、Apple Watchを含むスマートウォッチをブランド化する上では、もうひとつ避けられない問題がある。デジタル製品の陳腐化速度が速いことだ。機械式時計の設計加工技術は十分に成熟しているが、スマートウォッチに内蔵されるSoC(プロセッサーなどのチップ)性能には進化の余地が大きくある。
実際、Apple Watchも初期モデルには現行のwatchOSが導入できない。しかし、Apple Watchに搭載されるプロセッサー性能だけに着目すると、実はSeries 6に搭載したS6という半導体パッケージから基本的な処理性能を上げていない。さらにSeries 5のS5と比較しても20%高速化されたのみで、ここ数年のApple Watchはディスプレイや組み合わせるセンサーなどの改良に注力してきた。
2020年に発表されたSeries 6。基本的な処理能力だけを見れば、以降のApple Watchが搭載するプロセッサーは性能が上がっていないという。GPS+Cellularモデル。S6 SiP(64ビットデュアルコアプロセッサ搭載)。リチャージブルリチウムイオンバッテリー。パワーリザーブ約18時間。SS+グラファイトDLC(ケース径44mm)。50m防水。
このためSeries 5以降のモデルでは、コンピューター端末としての体験の質に大きな差が生まれておらず、純粋に仕上げやディスプレイサイズ、輝度、常時点灯モード、素材、搭載センサーの種類などによる差別化がメインだった。もちろん、今後も同じかどうかは分からない。
しかし現在提供しているApple Watchの機能、健康状態やスポーツの記録管理やiPhoneから受信する情報の切り分けと通知、情報閲覧用アプリの実行、転倒検出など、もしもの状況を把握するために必要な要素はそろっているとはいえる。
実際、Apple Watch SEにも、Apple Watch Ultraでも、搭載されるプロセッサーは同じだ。
おそらくアップルはある時点、つまりApple Watchに求められる機能要素が見えてきた段階で、ハードウェア機能の組み立て方、機能に合わせて設計する半導体について、このように定量的に価値を提供できるようwatchOSとともに調整をはかってきたのだろう。
“プロセッサー性能への依存性”から抜け出た上で専門性に特化
その上で、さらに各種の専門ウォッチ(主にランニングなどフィットネスが主だが)のエッセンスを取り入れられたのは、やはりハードウェア、半導体、OS、アプリの全てを自社で開発できるアップルの強みというほかない。
シューズに装着するセンサーとも連動するようなランナーズウォッチ、エアタンクのセンサーとの通信機能を持つダイビングコンピューターなど、特殊なセンサーハードウェアに対応する製品と比べた場合は、必ずしもカッティングエッジではないかもしれない。
しかし単体のスマートウォッチとして、それぞれの専門ジャンルに伍するだけの要素をソフトウェアとハードウェアの組み合わせで実現しようとしたことで、結果としてApple Watch Ultraを特別なモデルに仕上げることには成功しているようだ。
スマートウォッチ黎明期、Apple Watchはニュートラルな1モデルのみで次の時代を指し示す特別な製品であることを主張できた。しかしスマートウォッチが当たり前になっていく中で、それはだんだんと日常へとすり替わっていく。
Apple Watch Ultraは、そんな日常への埋没を拒否しようとするアップルの抵抗なのだろう。そしてその試みの第1歩は成功しているように思える。
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