陰謀論にまで及ぶ「根拠ゼロの悪意ある中傷」
ネット界隈で出回っている、こうした被害を象徴する言説が「ロレックスは故意に製品の生産数を少なくして、わざと品薄状態にしている。そして中古市場での価格をわざと高めに誘導している」という、いわゆるロレックス陰謀論だ。
ロレックスについて書かれている個人のウェブページを読むと、少数だが半ば信じている人も見受けられる。しかし、かつてこのコラムの記事でも紹介したが、アメリカのYahoo!ファイナンスの記者からの問い合わせに対して、ロレックス本社は「そんなことはない」と公式に回答して否定している。
これは「根拠ゼロの悪意ある中傷」だ。機械式時計の製造についてよくご存じの皆さんなら、創業以来あらゆることに完璧主義を貫き、精度や品質に妥協しないロレックスの生産数が簡単に増やせないことはすぐに理解できるだろう。
そして、転売ヤーや中古時計業者が「一部の新品ロレックスを『転がす(=転売する)』だけで大儲けできる」現状は、ロレックスにとって最も好ましくない状態だ。たとえ中古市場での新品ロレックスの価格が定価販売の2倍、3倍になっても、ロレックスの利益が増えるわけではない。それどころか、本当にロレックスを手に入れたい人に、定価で製品を届けることができなくなる。その上、ロレックスとその腕時計のイメージに、これ以上はないほどの傷が付く。
そのためロレックスは2019年11月から、一部の製品の購入時にはパスポートなど身分証明書の提示を求め、同一モデルは5年間、他の人気モデルは1年間、同一人物が購入できる本数を1本に制限している。加えて、保証書発行を依頼する書類に店頭で個人情報を記入させるなどの転売防止対策に乗り出している。
また、生産数を増やす取り組みも行われているようだ。ロレックスはローザンヌの北東、フリブール州のビュルに約10万㎡の土地を新たに購入し、2000人を雇用する新工場の計画を進めているという。ただ、これがどのような目的のどんな工場になるかは現時点では不明だ。
中古時計市場への参入でブランドと企業イメージを改善し、さらに盤石に!?
ロレックスは創業当初から現在まで、他の時計ブランドとは比較にならないほど、ブランドや企業イメージを何よりも大切にしてきた。それは同社が普通の株式会社のような営利最優先の企業ではなく、社会貢献や文化振興を理念に掲げて活動してきた企業だからであり、それが今日の大成功の一因でもある。そのことは、ロレックスが展開するいくつものメセナ事業を見れば分かる。例えば40年以上の歴史がある「ロレックス賞」は、より良い世界を目指して大きな挑戦に立ち向かう勇気と強い信念を持つ優れた個人に贈られてきた。
そんな社会貢献による「より良き世界」を目指すロレックスにとって、ビジネスの公正さは何よりも大切なものだ。生産する時計が毎年完売しているとしても、陰謀論のような「根拠ゼロの中傷」は耐え難いことだろう。
また、世界の中古時計市場の約7割以上を占めるロレックスは、流通する時計の数とモデルのバリエーションが豊富なだけにその分、文字盤のリダン(再ペイントや文字の再プリント、インデックスの改造)を筆頭に、その品質や正統性について、不安や問題のあるものも多い。
ロレックスが、正規アフターサービスプログラムを施し、その時計に2年間の保証を付けるという新しい「認定中古ロレックス」システムの導入はこうした長年の問題、二次流通する中古ロレックスの品質の向上や正統性の確保にもつながる。
また現時点の情報では、CPOロレックスの「値付け」はロレックスではなく、ロレックスの正規アフターサービスプログラムに中古時計のメンテナンスを依頼し、それをCPOロレックスとして販売する正規販売店が独自に行うことになっている。これは中古ロレックスの仕入れ価格が1本ごとに異なることを考えれば当然のことだろう。
そして、各正規販売店によって付けられたCPOロレックスの価格は、中古時計市場に流通している他の中古ロレックスの値付けにも大きな影響を与える。CPOロレックスの価格が今後、中古ロレックスのプライスのひとつの基準になることは間違いない。少なくとも品質や価値が保証されることによって「オフィシャル的な」価格の目安が生まれることで、価格の異常な乱高下は、長期的にはかなり起こりにくくなり、価値も価格も安定すると思われる。
年配の方ならご存じだろうが、かつての日本でも中古ロレックス価格の乱高下、高騰と暴落が、1980年代に「バブルバック(1930~50年代に製造された裏蓋が膨らんだ自動巻きのオイスター パーペチュアル)ブームとその終焉」というかたちで起きた。このブームの経験者は、現在の中古ロレックスの価格高騰を複雑な気持ちで眺めておられるだろうし、このブームでほろ苦い経験をして、ロレックスという時計ブランドに複雑な思いを抱いている方も少なくないはずだ。
そもそも、中古時計ビジネスはアンティークビジネスであり、もともとグレーな要素を含むマーケットだ。だが、ロレックス本社が関与することで、中古ロレックスのマーケットのブラックな部分は、徐々に減っていくだろう。
ただ現時点でブヘラが取り扱うCPOロレックスの価格は、サイトをチェックする限り、一般的な中古ロレックスの価格よりも高めだ。それは正規アフターサービスプログラムのコストが価格に上乗せされているから。つまり当面は、CPOロレックスの登場で「ロレックスの中古価格が安くなる」という可能性は低い。むしろその分、高めとなる。ただ長期的にどのようになるかの予測は現時点では時期尚早だろう。
また、このプログラムは「良い時計を長くメンテナンスして使い続けることができる体制を整える」という点で、全世界がすべての産業や人々に求めているSDGs(持続可能な発展目標)の実現に直結するので、ロレックスの企業イメージはさらに向上するに違いない。
しかも第1回でも述べたが、CPOロレックスのプログラム開始によって、ロレックスのアフターサービス部門の取り扱い数はこれまでよりも大幅に増えると思われる。これはロレックスのアフターサービス部門にとって、間違いなくビジネスの拡大・安定につながる。
つまりロレックスにとって、CPOロレックスというプログラムの導入は良いことずくめなのだ。
さて、ここまですでにかなりの長文にお付き合いいただいたので、本稿はここまでとする。次回の後編ではいよいよ「ロレックスの参入で、中古時計ビジネスにどんな激変が起こるか?」について述べたい。これは、海外の時計専門メディアの一部が指摘し始めている「既存の時計中古業者と認定中古ロレックスを取り扱う正規販売店がどう共存するか?」という問題だ。そして実は、これこそ中古時計に関して欧米とは異なる市場体制を持つ日本の問題でもある。
https://www.webchronos.net/features/71026/
https://www.webchronos.net/features/85392/
https://www.webchronos.net/features/78710/