「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」の新作オススメモデルを、総覧的ではなく、独自の写真と私的な視線で紹介するこの記事。第3弾はいつも超クールなセンスが光るシャネル。レディースも含めて、新作はどれも素晴らしいが、やはり「刺さった」のは「J12 サイバネティック」だ。
(2023年5月6日掲載記事)
2000年以降、時計業界をリードしてきたシャネル
あくまで筆者の個人的な意見だと一応断っておくけれど、時計業界を2000年以降リードしてきたのは、間違いなくラグジュアリービジネスをリードするファッションメゾンだ。特に、ここ数年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)の受賞モデルを見ればそれは明白。そして、シャネルはその先頭を走ってきた。
46個のバゲットカットダイヤモンド(合計約5.46カラット)をベゼルにセッティング。文字盤には、イブニングドレスをまとったマドモアゼルをデザインし、10個のブリリアントカットダイヤモンドをあしらう。加えて、18Kホワイトゴールド製のリュウズには約0.16カラットのブリリアントカットダイヤモンドをセット。自動巻き(Cal.12.1)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。高耐性ブラック セラミックス×SSケース(直径38mm、厚さ12.6mm)。50m防水。世界限定55本。2222万円(税込み)。
シャネルの強みは「喪服の色」とされていた黒を「女性を優雅に見せる色」として認知させた「黒の革命」に象徴される、時計専業ブランドとは異次元の、唯一無二のセンスとブランディング力、そしてデザイン力である。今年2023年の新作もそんな魅力的なモデルばかり。創業者のガブリエル・シャネルその人をキャラクター化して優雅に遊んでしまうなど、シャネル以外には不可能な離れ業だ。
まさかの“サイバーな”ネーミング
そしてSFの世界、宇宙、タイムトラベルからインスピレーションを得た、今年の新作「シャネル インターステラー カプセル コレクション」の中で、筆者がいちばん心惹かれたのが「J12 サイバネティック」だ。
自動巻き(Cal.12.1)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。高耐性ブラック&ホワイト セラミックス×SSケース(直径38mm、厚さ12.6mm)。50m防水。数量限定。201万3000円(税込み)。
実物を見てまず頭に浮かんだのは、2020年に発表されて、この年の個人的なベストだった「J12パラドックス」。ホワイトとブラック、2種類の高耐性セラミックケースを切断してつなぎ合わせたアーティスティックなデザインと「パラドックス(逆説、矛盾)」というネーミングセンスが最高だった。
そして今回の「J12 サイバネティック」はその先を行く。ケースの右側、高耐性ホワイト セラミックスの部分をピクセル状にシャープにカットした造形もスゴいが、筆者が心惹かれたのは「パラドックス」以上に“刺さる”ネーミング。なぜなら、SF小説誌の編集者だった筆者にとって、この言葉は特別なものだからだ。
“サイバーパンク”な腕時計!
「サイバネティック」というネーミングは「サイバネティックス」という、現代のコンピューター社会の基礎になった情報システム工学理論に由来するはず。そして、この言葉を作ったのは、アメリカの数学者ノーバート・ウィーナーだ。
ウィーナーが1948年に出版した『サイバネティックス――動物と機械における制御と通信』という本の中で行った「人間でも機械でも、その制御は情報とその伝達で行われている」という指摘から、現代のインターネット社会を支える情報通信技術の開発や、脳医学を筆頭に生き物を「情報機械」として解析・理解していく最先端の医学研究が始まった。
また、この言葉は1980年代のSFの世界を席巻した「サイバーパンク」カルチャーの語源でもある。「サイバーパンク」はサイバネティックスとパンクロックからの造語で、アメリカのSF作家ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』に代表されるサイバーパンク小説や、士郎正宗原作の映画「攻殻機動隊」や、そこからインスパイアされて生まれた映画「マトリックス」、大友克洋の『AKIRA』も、このカルチャーから生まれた歴史的な作品だ。
そこで描かれているのは、すべて情報化され、その情報がコンピューターネットワーク上で徹底的に管理された、暴力的で退廃的、明るい希望が持てない未来社会。多くの作品が“デッド・テック”な、つまり廃墟のように荒廃したテイストだ。
知的刺激度No.1ウォッチ
「今のネット社会は、実はこの時代のサイバーパンクな作品が予言した、暴力的で退廃した将来への希望など持てない、デッド・テックな社会そのものでは」
時計であると同時にクールな現代アート作品でもあるこの「J12 サイバネティック」を眺めていると、SF好きなシャネルのクリエーターたちは、そんな想いを抱いてこの時計をデザインしたのではないか? ケースの右側がデジタルなモザイク状デザインのこの時計を眺めていると、そんな想いにとらわれる。もちろん、これは筆者の“ひとりよがりな妄想”だ。
でも、今年2023年の新作時計でこれほど現代アート感覚たっぷりでクール、かつ知的な刺激に満ちた文学的なモデルは他にない。ただ、それは筆者にとって、だけなのかもしれないけれど。
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