(左)複雑な自動巻き機構。ローターの回転運動は受け上に置かれた2枚の中間車を経て、左下のスイッチングロッカーに伝わる。スイッチングロッカーが一方向に整流した回転は、3枚の中間車を経て、香箱に伝わる。香箱に噛み合った中間車は、クラッチの役目も兼ねる。(右)コンパクトな輪列。ムーブメントの直径自体は12.5リーニュ(直径28mm)だが、輪列のサイズは、9リーニュのムーブメントと同程度だろう。ガンギ車の上に耐震装置を重ねたのは、いかにも超高級機らしい。

最盛期の設計を今に伝えるCal.2121は時計史に残る超高級機である

 ただしこの超高級機には大きな弱点があった。それがサイズとコストである。薄型自動巻きの多くは、重いローターを載せられない。そのためローターの外周部を拡大し、できるだけローターの慣性モーメントを高めようとした。慣性が大きいほど、巻き上げ効率も高まる。とりわけ、「不動作角」(ローターが巻き上げない角度のこと)の大きなスイッチングロッカー式自動巻きでは、ローターの慣性を高めることだけが、巻き上げ効率の改善に有効だったのである。

 1967年の920と900、そしてETAが75年に開発した2892は、当時としては薄いムーブメントであった。しかし、いずれも直径は28㎜もあり、汎用性に難があった。まず小型化に成功したのは2892である。ETAは自動巻き機構を改良して巻き上げ効率を高めることで、直径を25.6㎜に縮小してみせた。これがETA2892A2であり、900はその後に続いた。ジャガー・ルクルトはスイッチングロッカーにベアリングを加えてやはり巻き上げ効率を改善し、ムーブメント(=ローター)サイズを縮小した。これがジャガー・ルクルトを代表する名機、889系である。直径は、ETA2892A2に同じ、25.6㎜だった。

 問題は920だった。このムーブメントは、900やETA2892A2以上に、慣性の大きなローターを持っていた。巻き上げ効率を改善すれば、ローターは縮小できるだろう。しかしこの複雑なムーブメントは、自動巻き機構を削らない限り、サイズを縮小できなかったのである。当然それは不可能であり、920は直径28㎜に留まった。初代ロイヤル オークのケースが39㎜もあった理由。それがムーブメントのサイズにあった。価格はさらに問題だった。2番センターを採用した結果、920の自動巻き機構は、スイッチングロッカーらしからぬ、複雑な取り回しを強いられた。2番オフセンターの採用により、自動巻きをコンパクトにまとめた900とはこの点も対照的だったのである。

 後にジャガー・ルクルトから920の権利を買ったオーデマ ピゲは、当初地板の製造をルノー・エ・パピに委ねていた。現在は自社で行っているが、当時は複雑時計の専門工房でなければ地板を加工できなかった、と考えれば、920の製造コストは想像以上に高かったはずである。

(左)ローターの「レール」を支えるルビーベアリング。地板に埋め込まれた4つのベアリングがローター芯の負荷を分散させるほか、巻き上げ効率も改善する。超高級機に相応しく、部品の仕上げも見事だ。(右)自動巻き側から見たルビーベアリング。ベアリングでローターを支えるギミックは、60年代の「多石時計」が好んだもの。しかし、これを実機能に昇華させたのは、Cal.920(Cal.2120系)だけだろう。スペースを最大限に活用したムーブメントらしく、ビスは受けの外周ぎりぎりに置かれる。

 しかし、大きく高価なキャリバー2121系は今に残った。理由はふたつしかない。ひとつ、大きく薄い2121系は、コンプリケーションのベースに最適だった点。実際のところ、70年代にオーデマ ピゲを救ったのは、ロイヤル オークではなく、1978年発表の永久カレンダーであった。マーティン・ウェリー氏が漏らしたように、このモデルは「ウォークマン並みのヒット」を遂げ、同社を危機から救った。ベースに選ばれたのはジャガー・ルクルト920こと、2120(デイト表示なし)である。オーデマ ピゲの関係者はかつて筆者にこう漏らした。「コンプリケーションのベースでありうる以上、2120は生産されるだろう」。

 そしてもうひとつの理由が、複雑さである。機械式時計の極盛期に、超高級エボーシュとして開発された920は、途方もなく贅沢な自動巻きであった。今や超高級時計メーカーといえども、ムーブメントに際限なくコストをかけることは許されない。極盛期の仕上げと設計を今に伝える920とは、そう言って許されるならば、一種の奇蹟であり、オーデマ ピゲにとっての〝アイコン〟なのだ。

 今や2121よりも高性能な自動巻きは少なくない。しかし、これほど高級機らしいムーブメントはほかにないだろう。時計史に残る、傑作中の傑作こそが、オーデマ ピゲのキャリバー2121なのである。