カルティエ「タンク」の外装技術の変遷に軸足を置きながら、その歴史を辿る

Philippe GontiercCartier2012
カルティエのアトリエで製作途中のリング。鋳造で成形されたリングに、貴石を留めていく。1913年の段階で、カルティエは時計のケース製造で鋳造を試用していた。ジュエラーらしい試みだ。

70年代までのケースメイキングに見るジュエリー技法との関連性

直線的なデザインを持つタンク。いかにも時計メーカーが作りそうな時計を、なぜジュエラーが作ったのか。それをひもとく鍵は外装の製法にある。ジュエリーの技法を転用して外装を作ったかつてのカルティエ。その実際と造形に与えた影響を、実物に即して見ていくことにしよう。

「タンク ルイ カルティエ XL エクストラフラット」(2012年)のケース。切削で一体成形されているが、オリジナルの造形をよく残している。最新の工作機械がもたらした造形だ。

「タンク ルイ カルティエ」(1970年代)のケース。製法はおそらく、鍛造と切削の併用であろう。しかし他の時計メーカーのケースと異なり、かなり切削が併用されていることが分かる。


 現在時計ケースの多くは、冷間鍛造と切削で作られている。現在のカルティエも同様だ。しかし筆者の知る限り、1970年代までのカルティエはそうではなかった。外装の製法は、時計メーカーというよりもジュエラーのそれであり、だからこそカルティエは、ケースに様々な意匠を与えることができた。

 タンクの意匠は、腕時計の黎明期に数多くあった、異形ケースのひとつに含めてよいだろう。鍛造技術の普及により、これらの多くは丸型、あるいはレクタンギュラーへと収斂されたが、タンクだけは頑なに異形なケースを守り続けた。外装の製法が、一般の時計メーカーとは大きく異なっていたためだろう。

「タンク ノーマル」(1928年)のケース。四角い箱にラグを溶接する、というタンク固有の製法が明確に見て取れる。ただしプラチナの溶接は、かなり困難だったに違いない。

 13年のトーチュに関する記録は、カルティエのウォッチメイキングが、いかにジュエラー的であったかを示している。「金製のケースとラグ部分が、一回の鋳造で成形された」。時計メーカーが好む鍛造や切削ではなく、型に金属を流し込んで成形する鋳造。当時最新の手法--ジュエリー業界に鋳造が普及したのはここ半世紀のことだ--を、カルティエはすでにケース製造で試みている。

 ではタンクのケースはどうだったのか。資料は残っていないが、実物を見ると、やはりジュエリーの技法を転用したことが分かる。貴金属の板を折り曲げて四角い箱を作り、そこに4本のラグを溶接するという製法は、明らかにリングの製法の延長線上にある。

「タンク ルイ カルティエ」(1970年代)のデプロワイヤント バックル。一枚の板材を折り曲げて溶接し、バックルに成形している。また板材を叩くことで、バネ性を持たせている。

「タンク ノーマル」(1928年)のデプロワイヤント バックル。ケースはプラチナだが、バックルは18Kである。あえて異なる素材を選んだのは、叩くことで弾性を持たせるためだ。


 トーチュで試みた鋳造を用いれば、ラグを溶接する必要はなかっただろう。しかし何らかの理由によって、カルティエはタンクのケースに鋳造を用いなかった。鍛造を使う、という代案もあったはずだ。しかし16年から69年の間に製造されたタンクは、カルティエ パリのアーカイブによると、わずか5829本と、鍛造で作るには少なすぎたし、また当時の技術では、少なくともタンクLCのケースを成形することは不可能だった。

 余談になるが、箱にラグを取り付けるというケースの製法は、ジャガー・ルクルトのレベルソも同様だ。タンクの製作に携わったエドモンド・ジャガーが、レベルソの企画にも加わったと考えれば、両者の製法が近しいことも、決して偶然ではない。

「タンク ルイ カルティエ」(1970年代)のデプロワイヤント バックル。板を折り曲げて箱にするという製法を、明確に示す箇所。他社が模倣できなかった理由でもある。

「タンク ノーマル」(1928年)のデプロワイヤント バックル。左のバックルに比べて、いっそう板を折り曲げて成形した感が強い。なおバックル部はホワイトゴールドである。


 一層ジュエリーとの関連を感じさせるのが、デプロワイヤント バックルである。これもケースに同じく、板材を折り曲げてバックルに成形したものである。素材を叩くことで、カルティエはこのバックルに、適度なバネ性を持たせた。他のメーカーが、デプロワイヤント バックルのメリットを認めつつも模倣できなかった理由は、他メーカーがタンクのコピーを作れなかった理由に同じく、ジュエラーならではの技法にあった。なお板材を叩いて折り曲げて成形したデプロワイヤント バックルは、ケース製法が鍛造、および切削に切り替わった70年代以降も用いられた。