[ラジオミール、そしてパネライの来し方行く末]
闘将ボナーティの意志を引き継ぐ新たなるリーダーの肖像

1997年以降、パネライに大きな成功をもたらしてきたのがアンジェロ・ボナーティである。フランコ・コローニに招聘された彼は、フィレンツェのニッチな計器メーカーだったパネライを、わずか20数年で世界的なラグジュアリーブランドに育て上げた。では、彼の後継者はパネライをどのような方向に導こうとしているのか。

ジャンマルク・ポントルエ

Jean-Marc Pontroué(ジャンマルク・ポントルエ)
1964年、フランス・ナント生まれ。オーデンシア・ナント経営学院を卒業後、国際的なレザービジネスの世界でセールスマネジメントの経験を積んだのち、LVMHグループに入社。ジバンシィを経て、2000年にモンブランに入社。商品戦略開発副社長を務めた後、11年10月に、ジェネラルマネージャーとしてロジェ・デュブイに転籍。12年2月から同社のCEOを務め、業績と品質を大きく改善した。18年4月1日から現職。

 パネライ復活の黎明期から、その経営戦略を一手に担ってきた闘将アンジェロ・ボナーティ。その後継として就任したのが、元ロジェ・デュブイCEOのジャンマルク・ポントルエである。彼はロジェ・デュブイのCEOに就任するや、ラインナップを整理し、それぞれのコレクションに明確な個性を取り戻した。現時点でのロジェ・デュブイの好調さは、今さら言うまでもないだろう。

 ちなみに現在のパネライは、かつてのロジェ・デュブイと異なり、極めて健全な状態にある。本誌でも再三取り上げてきた通り、外装の質は大きく改善されたし、フリースプラング付きとなった自社製ムーブメントは、パネライの実用時計としての価値を大きく高めた。しかし、控えめに言っても、ラインナップは増えすぎた。筆者のようなパネライ好きにとっても、「ラジオミール」と「ルミノール」の区別は明確ではないし、その点は普通の時計好きにとってはなおさらだろう。

「4月にCEOに就任した後、前CEOのアンジェロ・ボナーティ、そしてパネライチームと話をして、方針を決めました。今のパネライにとってのリスクは、お客様に伝えるべきメッセージが多すぎることだと思っています。今後パネライは、4つの基準に基づいて区分されるべきでしょう。具体的にはムーブメント、マテリアル、テクニック、そしてデザインです。ラインナップは4つに分かれます。ラジオミール、ルミノール、ドゥエ、そしてサブマーシブル」。全体のコレクションの調整にはあと1年かかるだろう、と彼は補足したが、方針は大変にクリアだ。

 「ラジオミールはヒストリカルなコレクションになります。ですから、ケース素材に新素材のセラミックスやチタン、カーボテックなどは使いません。代わりに、ゴールドやプラチナを採用するでしょう。一方のルミノールは、イタリアンエレガンス。ドゥエはドレッシーなラインで、サブマーシブルは、パネライのモットーである『Labratrio Di Idee』(アイデアの工房)を体現したコレクションになるでしょう。つまり新素材を多用した、革新的なものとなる」。少なくとも、見た目だけで区分する今のコレクションよりはずいぶん分かりやすい。ポントルエに「1997年にパネライが復活した当初のあり方に立ち返るのか」と尋ねたところ、その通り、と彼は即答した。

 ヴァンドームグループによる買収後、パネライは5つのコレクションを発表した。内訳はルミノールが4つ、ラジオミールがひとつである。そのラジオミールは、ロレックスのオールドストックムーブメント(キャリバー618)を、プラチナのケースに収めた、ヒストリカルで高価なものだった。ポントルエは、おそらくそのモデルを意識しているに違いない。

「ラジオミールのアイデンティティは、ワイヤラグと、リュウズプロテクターがないデザインですね。これがルミノールとの大きな違いとなります」。では、ケースサイズはどうなるのか? 今や、ビッグウォッチの時代でもないように思えるが。

「大きな時計というのはパネライのアイデンティティです。ですから、パネライは今後も直径38mm未満の時計を作る予定はありません。他社にとっては大きいでしょうが、パネライはこれが限界です。他のモデルのサイズも変えるつもりはありませんね」。彼はこう続ける。

「Labratrio Di Ideeというポリシーが示す通り、パネライはイノベーティブなブランドだと考えています。その役割は、サブマーシブルが担うでしょう。しかし、一方では歴史的な、160年以上のバックグラウンドも持っている。ラジオミールは、そういったパネライの歴史的な価値を体現するコレクションになるでしょう。また、ラジオミールにはクラシカルでハイエンドな機構を載せていくつもりです。例えばミニッツリピーターのようなね」。では、ラジオミールがヒストリックに回帰するとして、今後どのような施策を採るつもりなのか?

「パネライの歴史的なブティックが、フィレンツェにありますね」。フィレンツェのドゥオモ前には、かつてパネライ家が所有していた時計店と事務所が、ブティックというかたちで残されている。パネライファンにとっては、一種の〝聖地〞だ。

「この店は非常に狭かったのですが、現在は拡張されました。その上には、かつてパネライ家が使っていた事務所も残っています。このブティックには、主にラジオミールを置こうと思っています。スイスにはヒストリカルなラジオミールが所蔵されていますが、それらのいくつかも、フィレンツェに持ってくる予定です。フィレンツェのブティックは、ラジオミールを中心に据えた、ミュージアムのようなものになるでしょう」。思い立ったら徹底的にやる点で、ベクトルこそ違えども、ボナーティとポントルエは似ている。彼はスマートフォンを取り出して、自身のインスタグラムのページを見せた。

「最近、昔のフィアットを買ったのです。1940年製の508バリッラですね。もともとパネライ家の持ち物だったこの車を、現在のパネライが買い戻し、イタリアのパネライクラブのミーティングでお披露目しました。これもまた、歴史的価値のひとつでしょう。もちろん、フィレンツェで公開します」

 2019年、ポントルエはまず、新しいサブマーシブルで、その方針を示すことになる。ではその先にある新しいラジオミールは、一体どのようなものになるのか。ひとりのパネライファンとして、ラジオミールの今後を、楽しみに待つことにしたい。