今や、世界的な知名度を誇るようになったジン特殊時計会社。しかし、そんな同社が腕時計クロノグラフの製造を始めたのは1960年代も後半になってからのことだった。ミリタリーユースを意識した防水ケース入りの「103」は、80年代後半以降、ジンを代表するモデルへと変貌を遂げる。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Special thanks to Michele Tripi (vintage-sinn-collector.de)
[クロノス日本版 2020年7月号初出]
103.B [1980's]
縦型カウンターのスタイルを決めた80年代モデル
1980年代にリリースされた第3世代の103。後のモデルと異なり、リュウズガードがないほか、ベゼルの形状なども異なる。おそらく、ブレスレットもオリジナルである。手巻き(ETA7760)。17石。2万8800振動/時。SS(直径41mm、厚さ13mm)。4気圧防水。参考商品(撮影協力/阿部時計店)。
元ドイツ空軍のパイロットで、ラリードライバーでもあったヘルムート・ジン。彼はさまざまな職に就いた後、1961年にヘルムート・ジン特殊時計社を創業。当初、ジンはルフトハンザ航空向けにコクピットクロックなどを製作していたが、やがて腕時計の製造も始めるようになった。その代表作が、60年代後半に発売されたジン「103コンパックス」である。もっとも、当時のジンは、サプライヤーから部品を購入して組み立てる、または既存の時計の名前を変えてジン銘で提供するアッセンブラー(組み立て屋)であり、本格的な時計メーカーとは言いがたかった。
ジンの103が本格的なコレクションとなったのは86年だ。それ以前、寄せ集めの部品で組み立てられていた103は、最新のETA7760、もしくは7750を搭載するようになり、ロットごとに変わっていたケースも統一されたのである。著名なジンコレクターにして、ヘルムート・ジンと懇意だったミケーレ・トリピはこう記す。「本当にジンの103が誕生したのはこのときだった」。
もっとも、組み立て屋であったジンの個性は、最初期のモデルに色濃く残っている。ラグが細く、リュウズガードを持たないケースはオールドストックの転用であり、オリジナルと思われるエクスパンドロ銘のブレスレット(当時のカタログに同品が掲載されている)も、やはり昔の在庫品だろう。縦3つ目の黒文字盤も、同時代のジンに比べて仕上がりは甘く、いかにもアッセンブラーが組み立てたクロノグラフ、という雰囲気を強く漂わせる。
もっとも、防水ケースに入った視認性の高いクロノグラフ、という103のコンセプトは、まさに多くの時計好きが望んでいたものだった。リリース後、103はドイツだけでなく日本でもヒット作となり、たちまちジンの定番として認識されるようになってゆく。
103.B.AUTO [1980's〜90's]
自動巻きムーブメントを搭載する初期モデル
1980年代後半から90年代頭にかけて製造されたと思われる初期モデル。デザインは最初期型に準じているが、ケースなどはまったく別物である。103の基礎を打ち立てた傑作だ。自動巻き(Cal.ETA7750)。17石もしくは25石。2万8800 振動/時。SS(直径41mm、厚さ16mm)。参考商品。
カタログから推測するに、1986年にリリースされた第3世代の103には、ETA7750の手巻きバージョンである7760搭載機しかなかった可能性が高い。当時のジンは新しい103を廉価でシンプルなクロノグラフと見なしていた節があり、自動巻きの搭載は意味がない、と考えていたのではないか? 事実、この時代のジンは、自動巻きクロノグラフに、高価で多機能なムーブメントしか採用しなかった。好例は60分の同軸積算計と24時間表示を持つレマニア5100であり、仮にETA7750を使う場合も、ムーンフェイズやフルカレンダーが主だったのである。唯一の例外は「144」だが、これは廉価版という位置付けだったのか、風防はサファイアガラスではなくミネラルガラスを採用していた。
しかし103は、やがて自動巻きのETA7750搭載機がメインとなっていった。カタログを見る限り、オールドストックのケースを持つモデルと、新しいケースを持つモデルはしばらく併売されており、発表当初の自動巻きモデルもオールドストックのケースを備えていた可能性はある。もっともミケーレ・トリピは、第3世代の最初期モデルがオールドケースを用いた理由を「新しいケースが出来るまでのつなぎだった」と記している。古いケースの在庫がなくなった後、103のケースは手巻き、自動巻きを問わず、新規設計されたものに統一された。
写真のモデルは、ケースが新しくなった後の自動巻きモデルである。年代は不明だが、80年代後半から90年代初期だろう。曜日表示を持たないほか、ケースの造形も多少異なるが、基本的な外観は現行モデルにほぼ同じである。1960年代に誕生し、80年代後半に完成したパイロットウォッチの103。このモデルは、以降、ほとんど変わらないまま継続して生産されることとなる。
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