コラムホイール式
メリット:精密な制御が可能である デメリット:言われているほど高級ではない
今や自社製クロノグラフムーブメントに欠かせないのが、コラムホイール式である。カム式との違いは、まず見た目。平たいカムとは異なり、円柱状の部品がクロノグラフの動作をつかさどっている。またその動きも左右に首を振るカム式とは異なり、一方向に回転し続ける。冒頭でロータリースイッチに例えた理由だ。そのメリットは精密な制御が可能なこと。回転し続けるため、スイッチに様々な機能を加えることができるのである。具体的に言うと、スタート、ストップだけでなく、ブレーキを利かせることが可能である。
そのためコラムホイール式のクロノグラフは、カム式に比べて高級なものと見なされてきた。しかし過去のコラムホイール式クロノグラフの中には、ブレーキレバーを持たないものもあるし、今やカム式もブレーキをかけられるようになった。結果、カム式とコラムホイール式の間で、機能上の優劣はなくなったと言えるだろう。現在販売されている機械式クロノグラフムーブメントは、ほとんどすべてがブレーキレバーを持っているからだ。
プッシュボタンの固さを変える要素は何か?
時計好きがしばしば話題に挙げるのが、プッシュボタンの固さである。カム式は固くて、コラムホイール式は柔らかいと考えている人は多いが、それは間違いだ。固さをつかさどるもっとも大きな要素は、カムやコラムホイールを押さえるバネの強さなのである。それ以外にも要素はあるが、クロノグラフのリセット機能を解説せねばならないため、別の機会としたい。
バネの強さが問題ならば、弱くすればいいのではないか。簡単にそうできないから難しいのである。理由は大きくふたつある。誤操作でクロノグラフが勝手に動かないため、そして“スイッチ”を動かす動作が、“引く”から“押す”に変わったためだ。まず前者から説明したい。プッシュボタンを押すと、スタート、ストップ、そしてリセットが可能である。
かつては軽く動くことが重視されたプッシュボタンだが、実用性を重視したクロノグラフの場合、今や誤操作を起こさないことに重きを置くようになった。そのため、カムやコラムホイールを規制するバネは強くなった。例えば自動巻きクロノグラフのETA7750。スタート/ストップボタンとリセットボタンを押すために必要な力は、約1000gである。バネを弱くすれば半分にできるが、誤操作を起こす可能性が高くなる。ブライトリングのCal.01も同様で、バネを強くすることで誤操作の可能性を減らしている。
事実こういう例がある。セイコーは自動巻きクロノグラフのCal.6S系を開発した際、意図的にバネを弱くして、可能な限り軽い操作感を与えようとした。しかし誤操作が起こったため、後に設計を変更して、ETA7750並みの重い操作感を与えるようになった。
従って、操作の軽いクロノグラフとは、誤操作を起こさないことよりも、感触を重視した設計を持つと考えていいだろう。A.ランゲ&ゾーネのL.951系やパテック フィリップのCH 29-535系、ブレゲが搭載するCal.533系などが好例である。これらは規制バネを弱くすることで、軽い感触を得ている。
そして弱くできないもうひとつの理由が、カムやコラムホイールを動かす動作が、“引く”から“押す”に変わったためだ。現行品の自社製クロノグラフムーブメントのほとんどすべてはコラムホイールを持つが、その動かし方は、昔風の“引く”ではなく、“押す”に変わった。自動巻きクロノグラフの場合、ほとんど例外なく、押すタイプのコラムホイールと考えていい。
“引く”から“押す”に変わった結果、押した力は直接コラムホイールにかかるようになった。その結果、コラムホイールは、頑強にするため大きくなり(もちろんそれ以外の要因もある)、それを押さえるバネも、必然的に強くならざるを得ない。対して、引くタイプのコラムホイールは、指の力が直接かからないため、コラムホイールを小さくできるし、バネも弱くできるわけだ。
では、感触を良くするために、引くタイプのコラムホイールを採用できないのか。コラムホイールの動かし方が “引く”から“押す”に変わった最大の理由である、垂直クラッチの出現を、次回は説明したい。
クロノグラフ、垂直クラッチって何? https://www.webchronos.net/selection/16543/