金属から革のエリアへ
次なる大冒険は、金属から革のエリアに突入するというのもありだろう。アリゲーターストラップに場を移すと、そこは丘陵地帯かのようだ。斑を成す筋目に沿って歩いて行くと、等間隔に穴が穿たれ、手縫いの糸がまるでザイル並みに太く感じられるだろう。ストラップの端ギリギリの所まで行って、ちょっと勇気を出して足を踏ん張れば、ラッカー処理が施された縁も一瞬のぞけるだろう。しばらく歩くと、鏡面に磨かれたゴールドのフォールディングバックルを飾るマルタ十字の一部が見えてくる。そこを通って、もう一方のストラップへ行く時、ストラップの裏革に視線を移すと、表革とは違う光景が広がるのを確認できる。丸斑が並ぶ様は、まるで飛んで渡れるような大きめの石が隙間なく敷き詰められた川底が干上がっているかのようだ。それに感嘆しているうちに、下方に佇むゴールドの地面に気づく。側面には筋目が入り、中心に向かってやや隆起している縁は、サファイアクリスタルを囲む。あたかも火山の火口を間近にしているような迫力だ。その際に立つと、ムーブメントをほぼシンメトリーに分割したブリッジが判別でき、そのさらに下にはテンワとトゥールビヨンキャリッジが、リズミカルに動いている様子を目撃するだろう。
この辺りでため息を深呼吸へと変えて、大きく体を伸ばし、現実の大きさで時計を眺めてみよう。手にするこのトラディショナル・14デイズ・トゥールビヨンは、手巻きの腕時計だ。ロングパワーリザーブを誇るこのモデルは、駆動開始から14日が経って静まり返る前に、動き続けるのに十分なだけの多大なパワーを再び得ることもできる。途中でリュウズを巻き上げて、作動が停止しない状態を維持すればいいのだ。その際、力を要するようなことはない。リュウズは極めてなめらかに回すことができる。興味深いことに、トラディショナルは外部からの検査を受けている。というのも、2012年から新基準になったジュネーブ・シールの要項を満たしているのだ。新たな基準では、ムーブメントとともに、時計の総合的な仕上がりも考慮される。防水性や、各箇所の操作性、ならびにパワーリザーブや精度もテスト対象だ。検査担当者は、組み立てや調整、ムーブメントのケーシングも本当にジュネーブで行われたものか、常に抜き打ちで調査している。矛盾点がなく、事実に相違なしと認められると、ムーブメントだけではなく、ケースの裏側にもジュネーブ・シールが刻印されるのだ。
ちなみに、本来トゥールビヨンとは、重力が与えるテンプへの影響を平均化することによって精度の向上を目指した、アブラアン︲ルイ・ブレゲが発明し、1801年に特許を取得したものだ。テンプと脱進機はキャリッジで囲まれ、キャリッジごと1分間に1回転させることで、テンプにかかる重力が全方位で均等になるように出来ている。しかし、これは時計が吊り下げられたような垂直の状態では有効だが、平置き状態(文字盤または裏蓋のいずれかが上面になっている状態)では、通常の回転軸がひとつのトゥールビヨンについては、著しい精度の向上は見られない。
我々編集部は、今回のテストではいささか緊張しつつテストウォッチを歩度測定機に掛けた。このモデルのパワーリザーブは、挑発的にも約14日間と極めて長い。これだけ長いタイムスパンでは、駆動に十分なだけの一定のトルクを、たったひとつの香箱で維持するのはまず不可能に近いはずだ。そこでヴァシュロン・コンスタンタンは、動力源を4つの香箱に分散させ、安定した駆動に耐え得るだけのパワーを持たせるよう装備させた。その主ゼンマイの長さは、合計で2・2mにも及ぶ。