細やかにチューニングされたインナーワールド
スピードマスターではおなじみのシーホースのレリーフが施されたねじ込み式の裏蓋を外すと、そこにも進化の跡を見ることができる。ケースの中に鎮座するCal.3330は、2012年の新作のスピードマスター レーシングから搭載され始めたムーブメントだ。フレデリック・ピゲ製ムーブメントを基にしたCal.3313とは異なり、ベースムーブメントは汎用機としてよく知られているETA7750。もっとも、これは筋金入りの時計愛好家でも容易に見分けがつくようにはなっていない。ブリッジやローターの形状、制御および緩急スタイルはオメガ仕様にチューニングされ、ありふれたものとはまったく違う。このキャリバーは、かつてないようなモディファイがなされているのだ。従来のスイス・レバー脱進機ではなく自社固有のコーアクシャル脱進機を搭載、ヒゲゼンマイはシリコン製のものに替え、緩急調整はテンワに取り付けられた4つの偏心スクリューで行うフリースプラング式。クロノグラフの制御方法は、エレガントさに欠けるカム式から見目麗しきコラムホイール式になった。パワーリザーブも約44時間から約52時間に延びている。ベースムーブメント由来の構造は、数点の歯車のほかにはスイングピニオン式のクラッチとリセット機構のみ残った格好だ。
一方、装飾研磨に関しては、ほどほどに抑えた仕上がりになっている。ローターや自動巻き機構のブリッジ、テンプ受けにはコート・ド・ジュネーブ、そのほかの箇所も部分的にはペルラージュが入れられ、ネジ頭は鏡面に磨かれているのだが、地板は装飾なしでエッジも面取りされていない。それでも元来のETA7750に比べると、明らかに向上したことが分かる。これはコラムホイールという魅惑的な要素を取り入れたことと、レバー類が、よりがっしりしたものになったことが大きい。その半面、30分積算計を3時位置に移設したために、日付早送り機構は諦めざるを得なかった。とはいえ、ケースサイドの10時位置に埋め込まれた日付単独修正ボタンが大いに役立ってくれるはずだ。
これに対して、増築によって逆にすっきりとしたために使い勝手が良くなったのはクロノグラフのプッシュボタンだ。制御がコラムホイール式になったので、カム式に特徴的なプッシュボタン操作時の重さが解消され、オン・オフが軽やかで快適になった。
さてその精度だが、このマークⅡに搭載される全てのムーブメントは、ひとつひとつスイスの公式クロノメーター検査協会(C.O.S.C.)で試験に掛けられ、合格したものだ。これはいやが上にも期待が高まる。編集部所有の歩度検査機ウィッチ クロノスコープ X1は、スイス・レバー脱進機とは刻音が明らかに違うコーアクシャル脱進機搭載のムーブメントも計測可能だ。結果は、我々編集部の期待を裏切ることはなかった。最大姿勢差は4秒、平均日差はプラス3秒、両者間の開きは極めて小さい。クロノグラフ作動時も、平常時と比べて数値はごくわずかしか変動しなかった。振り角落ちが小さかったことも評価すべきところだ。平置き姿勢から垂直姿勢に変えた時の差も、クロノグラフのオン・オフの差も、いずれも10度以内に収まっていた。多くのクロノグラフムーブメントにおいて、オン・オフの差は30度以上にも及ぶこともあるのだ。ついでに言うと、このところスペックテストに取り上げてきたオメガのモデルは、一様に良好な歩度データが出ている。