左上:キャリバー9S85が搭載するテンプ。ヒゲゼンマイには「スプロン610」が採用される。通常のヒゲゼンマイに対し、約2倍の対衝撃性と約3倍の耐磁性を備える。
左下:キャリバー9S85が搭載する香箱。中には主ゼンマイ「スプロン530」を内蔵する。1980年代に開発されたニッケル、クロム、モリブデンを含むコバルト系合金「スプロン510」を改良し、バネ力を約6%、持続時間を約5時間向上させた。
ボリュームがありながらも快適な装着性
ところで、日常使いの時計には、堅牢さと高精度以外に、快適な使用感が必要不可欠だ。これに関しても、このモデルはよい持ち札を備えている。つまみやすいリュウズは、段ごとに引き出すのも回すのもスムーズ。誇らしげな151gの重さと、前述の分厚さにもかかわらず、装着感は心地よい。装着性の高さは、内側が滑らかに仕上げられた丁寧な加工のブレスレットと、フラットな形でもしっかりしているシンプルなフォールディングバックルが担うところが大きい。バックルは留める時はかっちりロックがかかるが、外す時はふたつのプッシュボタンでさっと開く。ブレスレットのバックル両端に接する箇所にはハーフピースのコマが入れてあり、ブレスレットの長さが調整しやすい。バックルはがっしりしていながらも、上面にはグランドセイコーのロゴのレリーフが入っているのが綺麗だ。一見、装飾的な要素としか見えないレリーフではあるが、これが結構バックルの磨耗をガードするのに役立っているようだ。というのも、2週間の着用テストの後、傷付きやすそうなこの箇所に、ごく細かい引っかき傷すら見当たらなかったのだ。バックル上面は、ほかのどの箇所よりも何かに頻繁に接触しやすいだけに、この事実は驚異的であろう。
しかし、実用性におけるはっきりした欠点もひとつある。文字盤と時分針のコントラストが極めて弱く、これが視認性を著しく低下させているのだ。例えて言えば、日が落ちた頃に薄明かりの照明の店で席に着いた時、隣のテーブルに座った年配者がこの時計を腕に巻いていたら、「眼鏡なしでは何時か分からん」とつぶやく声が聞こえて来そうなくらいなのだ。時刻だけでなく、日付の読み取りも完璧とは言い難い。ダークシルバーのディスクに黒い数字の組み合わせは、明るい色の文字盤とは調和していない。文字盤にちょっと影が差してしまうと、もう判読しづらくなってしまうほどだ。
ちなみに、日付表示の切り替わりは、テストウォッチでは22時55分から0時8分までかかった。瞬時にチェンジするのではなく、深夜に時間をかけて交代終了となる。
視認性は申し分なしとは評価できないが、針が完璧な長さであることと、秒針がくっきりと見分けがつく青仕立てになっているのは明らかに長所だということも付け加えておこう。