ジンの「156.1」は「155」シリーズの最新版に位置付けられる腕時計である。155シリーズはその意外な出自と、注目に値する発展の歴史を持つシリーズだ。長く愛されてきたデザインに最新の技術を組み合わせた156.1は2024年に発表されたジンの腕時計の中でも特筆すべきものである。

ジン:写真 Photographs by Sinn
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
この腕時計に歴史あり
ジンの「156.1」は、その歴史を知らなくても非常に魅力的な腕時計である。しかし、今に至るまでの歴史こそが、この腕時計の魅力をさらに高める。創業者ヘルムート・ジンによって形作られたブランドの最初の約30年間と、現在のオーナーであるローター・シュミットの下での約30年間を結び付けているのだ。
1980年代、ヘルムート・ジンは、ドイツ連邦軍が放出したホイヤー・レオニダスSA「1550 SG」を買い取る機会を得た。これは、スイスのホイヤー(現在のタグ・ホイヤー)が製造した、フライバック機能を備え、ふたつのサブダイアルが配されたバイコンパックスレイアウトのクロノグラフウォッチであった。9時位置にはスモールセコンド、3時位置には30分積算計が配されている。クロノグラフ秒針は先端が矢尻のような形状をしたもので、文字盤中央に配されている。
(左)「1550 SG」の裏蓋。防水性を確保し、4本のビスで留める仕組みだ。NATOのストックナンバーが見て取れる。
回転ベゼル、マッシュルーム型のプッシャー、大きなリュウズ、ブラックをベースにホワイトのインデックスと目盛りというコントラストから、視認性に優れたこの腕時計は、パイロットにとって使いやすいものであった。裏蓋にはNATOのストックナンバーが刻印されている。搭載するムーブメントは、手巻きクロノグラフムーブメント、バルジュー230だ。
ドイツ連邦軍内では、Armbanduhrmit Doppelstoppeinrichtung(二重停止装置付き腕時計)という回りくどく、やや誤解を招く名称で呼ばれていた。スプリットセコンドクロノグラフだと勘違いしそうな名称である。
155と156

ヘルムート・ジンは、このミリタリーウォッチに必要な修理を施した後、ジンの「155」として発売した。ほとんどの腕時計には文字盤にオリジナルのホイヤーのロゴが残されていた。しかしながら、そのうちの一部のものに対しては、ジンのロゴを新たに施し、販売した。
この腕時計は、流通量が少なかったため、時間の経過とともに腕時計コレクターの間で人気が高まった。ヘルムート・ジンは90年代初頭まで155を販売していた。他方、ジンは82年にはすでに独自の後継モデルである「156」を発表。レマニアの自動巻きムーブメント、Cal.5012を搭載した腕時計であった。155と同様に、このモデルの裏蓋は4本のビスで留めるものであり、回転ベゼルを備えたものであった。
156は、ヘルムート・ジンから、ローター・シュミットへとジンのオーナーが交代した後も生き残り、2003年まで販売された。01年から03年の生産終了段階では、シュミットはケースを改良し、従来のものよりも高品質なネジ留め式裏蓋を採用することで、腕時計をさらに薄くすることに成功したのだった。
156の生産中止をもって、155の系譜が完全に途絶えたわけではない。05年から24年にかけて、ジンは合計4つの異なる155シリーズの限定版を製造したのだった。その中には、08年に高級雑貨の店舗販売と通信販売を手掛ける、マニュファクトゥム向けに、272個限定で製造されたモデルも含まれる。
最新の技術を詰め込んだ155シリーズらしいデザイン
中古市場を含め、根強い人気がある155シリーズ。ローター・シュミットは、24年にこのシリーズを再び発売することを決定した。156.1という名称は、まったく新しいモデルというよりも、156の次世代版であることを表している。実際、156に外観が非常に似ている。今回のテストウォッチを見てまず気付くのは、156のアーカイブモデルによく似ているということだ。直径43mmのステンレススティール製のケース、両方向に回転する黒いベゼルなどは、オリジナルと同様である。
加えて、ふたつの腕時計はリュウズとプッシャーをケースに寄せ、衝撃を受けづらくしている点も共通している。これは、基となったホイヤーの腕時計とは異なる特徴だ。そして、センターに配されたクロノグラフ秒針と分針は、12時間積算計と同様にレッドで彩られている。クロノグラフ機能に用いる針は、時刻表示のための針と色分けされているのだ。
以上のように、156.1はオリジナルと同じように見えるかもしれない。だが、いくつかのディテールにおいて、大きく改良されている。その改良点は、156の生産終了以降、ジンがどのように進化してきたかを示しているのだ。最初の変更点はケース。愛好家の間で人気のあるはめ込み式裏蓋のケースではない。現代的な3ピース構造のサンドマット加工が施された、ねじ込み式のステンレススティール製ケースだ。ねじ込み式を採用することで厚さを15.5mm未満に抑え、腕時計を側面から見ても厚く見えないようにしている。
また、この腕時計の構造は非常に頑丈だ。リュウズをねじ込む際に、目にする太いチューブがそれを物語っているだろう。また、ケースは高い減圧耐性を誇る。空を飛び高い高度に達し、気圧が著しく下がったとしても、風防が外れることはない。高品質なパイロットウォッチらしい特徴だ。
両方向に回転するベゼルは、以前のモデルと同様に、手袋を着用していてもスムーズに動かすことが可能だ。
ベゼルにも重要な改良が加えられている。テギメントをベースにした、ブラック・ハード・コーティングが施され、さらに傷が付きにくくなっている。ベゼルは特に衝撃や接触にさらされやすい部分だが、156.1ではその対策がなされているのだ。さらに、12時位置に蓄光塗料が施された回転ベゼルは、特殊なネジで側面を固定した特殊結合方式を採用している。そのため、大きな力が加えられただけではケースから外れることはない。ベゼルが進化するのに合わせて、風防も進化した。従来のアクリル製ではなく、傷の付きにくいサファイアクリスタル製へと変更されたのである。
センタークロノグラフ分針

ムーブメントに関して、ローター・シュミットはクロノグラフ秒針とクロノグラフ分針を同軸でセンターに配置することを重視した。そのため、彼は156.1にCal.SZ01を採用。このジン独自のクロノグラフムーブメントは、03年に開発が始まり、クロノグラフ秒針に加えて、クロノグラフ分針をセンターに配置することを想定したものだ。
ベースとなったムーブメントは、有名な自動巻きムーブメントであるETAのCal.7750が当初用いられていた。だが、現在のベースムーブメントはコンセプトのCal.C99001である。
実際、クロノグラフ秒針だけでなく、クロノグラフ分針がセンターにあるレイアウトは視認性に優れている。その理由は、クロノグラフ分針が文字盤全体で積算時間を表すというのがひとつ。もうひとつの理由は、針の先端が飛行機の形状をしているため、同じくセンターに配された秒針と容易に区別できるからだ。クロノグラフ秒針が文字盤上を1周すると、クロノグラフ分針は次の位置へと進む。そして一般的なクロノグラフのように、サブダイアルの中に配された30分積算計ではなく、「文字盤全体で表示する60分積算計」であるため、6時位置に配された、12時間積算計と組み合わせたときの読みやすさは抜群だ。
オリジナルで採用されたレマニアのCal.5100系とは異なり、この腕時計に搭載されるCal.SZ01は、曜日表示が省略されている。
ウィッチのタイムグラファー(歩度測定器)での精度テストでは、ジンの156.1は喜ばしいほど均一な結果を示した。各姿勢の差は非常に小さく、腕時計はわずかに進み気味に調整されており、実際に腕に装着した際の日差は、測定値よりもさらに小さい。
豊富なストラップの選択肢

156.1には、コニャック色のアリゲーター柄の型押しストラップ、人工スエードであるグレーのアルカンターラストラップ、ブラックのライナー付きレザーなど、さまざまなストラップが用意されている。さらに、ブラウンカラーの馬革ストラップなど、ほかにも多くのバリエーションがある。テストウォッチには、レッドカラーのクロノグラフ針に合うように、レッドカラーのステッチが入ったブラックのヴィンテージスタイルである牛革ストラップを注文した。
装着してみると、厚みがあるにもかかわらず、手首に心地よくフィットすることが分かった。新しいケースでは、ジンが以前のモデルで採用した20mmではなく、22mmのラグ幅を選択したことは喜ばしいことである。このラグ幅は、腕時計がより男性的な印象を与え、ケースの堅牢な印象をより深いものにしている。しかし、非常にシンプルなバックルには正直失望した。バックルには切削されたピンではなく、単にプレスされただけのものが使われており、バックルのへこんだ部分とぴったりとは合っていない印象を受ける。また、尾錠に刻印された「Sinn」と「EDELSTAHL」の文字ははっきり言って浅い。
リーズナブルな価格
これらの欠点は全体として見れば、腕時計を楽しむ気持ちを損なうほどのものではない。操作感など触覚を重視するファンにとって最も楽しいパーツは、間違いなく回転ベゼルであろう。滑らかに回転し、軽過ぎず、そして重過ぎない。マットな、ほとんどダークグレーに見えるベゼルの表面は、深いブラックの文字盤およびストラップと、緊張感のある心地よいコントラストを形成している。牛革ストラップ仕様は87万4500円であり、納得の価格だろう。ジンほど価格に対して多くの見返りを提供してくれるブランドは、決して多くはないのである。
ジン「156.1」のスペック

プラスポイント、マイナスポイント
+point
・成功したパイロットウォッチのデザイン
・昼夜を問わず優れた視認性
・堅牢な構造
・傷の付きにくいベゼル
-point
・シンプルすぎるバックル
技術仕様
製造: | ジン |
リファレンスナンバー: | 156.030 |
機能: | 時、分、スモールセコンド(秒針停止機能付き)、日付表示(クイックチェンジ)、60分・12時間積算計を備えたクロノグラフ |
ムーブメント: | Cal.SZ01、自動巻き、28石、2万8800振動/時、パワーリザーブ約46時間 |
ケース: | サンドマット加工のステンレススティール製ケース、ねじ込み式裏蓋、テギメント加工をベースにしたブラック・ハード・コーティングが施された両方向回転ベゼル、サファイアクリスタル製風防(両面反射防止加工)、100m防水、減圧耐性 |
文字盤: | マットブラック、蓄光塗料が塗布されたアラビア数字インデックスおよび時針と分針 |
ストラップ&バックル: | レッドカラーのステッチが入った、ブラックカラーのヴィンテージスタイルの牛革ストラップ、ピンバックル |
サイズ: | 直径43mm、厚さ15.45mm、ラグからラグまでの全長50.5mm、ラグ幅22mm、ストラップなしの重量98g(実測値) |
価格: | 87万4500円(税込み) |
*価格は記事掲載時のものです。記事はクロノス ドイツ版の翻訳記事です。
精度安定試験
クロノグラフ非作動時 | クロノグラフ作動時 | |
最大姿勢差: | 6秒 | 5秒 |
平均日差: | +6秒/日 | +7秒/日 |
着用時平均日差: | +5秒/日 | +4秒/日 |
評価
ストラップ&バックル(最大10pt.) | 7pt. | 厚手で頑丈、そして非常にしなやかだ。ストラップは腕に心地よくフィットし、レッドカラーのステッチは文字盤のデザインによく合っている。唯一の欠点は、非常にシンプルなバックルであること。 |
操作性(5pt.) | 5pt. | リュウズ、プッシャー、ベゼルは、手袋を着用していても操作しやすい。 |
ケース(10pt.) | 9pt | 高品質な仕上がりだ。ベゼルのブラック・ハード・コーティング処理と、風防に採用されたサファイアクリスタルにより、このツールウォッチは傷が付きづらい。 |
デザイン(15pt.) | 13pt. | 歴史的なモデルを参考に、うまくまとめられたパイロットウォッチのデザインだ。 幅広のベゼルの採用により、時計は43mmの直径よりも小さく見える。 |
文字盤と針(10pt.) | 8pt. | 針は、形状とカラーが前身モデルである「156」に倣っており、いずれも適切な長さである。文字盤は丁寧に仕上げられており、優れた視認性の助けとなっている。 |
視認性(5pt.) | 5pt. | 強いコントラストのデザイン、クロノグラフ機能と時刻表示機能の色分け、センターに配置されたクロノグラフ分針のおかげで視認性は高い。インデックスおよび時針と分針に蓄光塗料が塗布されているため、暗闇での視認性も非常に優れている。 |
装着性(5pt.) | 5pt. | 腕に心地よくフィットする。鋭いエッジはなく快適。 |
ムーブメント(20pt.) | 15pt. | ジンお得意のセンタークロノグラフ分針が搭載されたCal.SZ01。信頼性の高いクロノグラフムーブメントだ。パワーリザーブは約46時間であり、その短さはやや前時代的である。 |
精度安定性(10pt.) | 8pt. | プラス側に安定した値を示し、遅れることはない。クロノグラフ作動時と非作動時での精度の違いは約1秒程度だ。 |
コストパフォーマンス(10pt.) | 9pt. | ジン独自の仕様や多くの機能を搭載したクロノグラフとしては手の届く価格である。また、高いリセールバリューが期待できるのではないだろうか。 |
合計 | 84pt. |