ひとつ、こんな風に想像してみよう。今日は人生において大いなる1日だ。なぜなら本日、あなたは結婚式を挙げる。セレモニーらしく華やかな衣装を着込み、品よく整えられたテーブルは披露宴のディナーの準備が万端で、辺りには晴れやかな緊張感が漂う。このように気分が高まる日の手元にはシックなものが似つかわしい。
まばゆく輝くホワイトゴールドケースの中で、文字通り大いなる1日が現れるサクソニアは、ハレの日にふさわしい腕時計だ。銀色の文字盤には、普段見慣れない料理とともに艶やかに磨き上げられたカトラリーが載った円卓のごとく、ホワイトゴールドのインデックスが配置されている。食べることを楽しみに参列する子供たちは、この美しく面取りされたインデックスを見て、とんがり屋根の家の小さなおもちゃみたいだとはしゃぐだろう。12時、3時、9時位置のインデックスが2本そろえて置かれているのは、箸のようにも見える。6時位置では、スモールセコンドに押されて短くなっている。
すらりと伸びた分針は、メインディッシュの大きなロースト肉を切り分けるためのナイフを想わせる。それを使って皆に配分する栄誉にあずかるのはどんな人だろう? その人は繊細な時計の扱いも心得ているに違いない。
純白のシルクサテンの手袋をはめ、穏やかな膨らみのあるホワイトゴールドのひと品をとても丁寧に手に取り、磨かれた表面に指紋のひとつも残さない。そして文字盤にユーゲントシュティール様式の字体で麗しくも明確に印字された文字を、まるでコース料理のメニューのように丁寧に読み上げる。「こちらはA.ランゲ&ゾーネでございます」と。
そう促されて目を近付けると、よりはっきりと観察できるだろう。円卓を覆う丸天井のようなサファイアクリスタル風防は、両面に無反射コーティングが施されている。その個室の壁とも言うべきケースはベゼルが鏡面に磨かれ、側面はサテン仕上げである。
細やかな作業を行う厨房
このすっきりした部屋の階下にあるのは厨房だ。規則的に作業が進む実務的な空間ではあるが、上質な素材が使用され、こちらでもディテールへの愛が感じられる。まず目に入るのは、天井に設置された換気扇のような金色の透かし彫りローターだ。5本の青焼きネジがプラチナ製の重りを固定し、機能的にもビジュアル的にも良い仕上がりになっている。粒金仕上げの地にレリーフで文字を入れているのは、ここのシェフが当初から伝統的表現を大切にしていることの証しでもあろう。このローターがあってこそ、厨房は最長72時間連続で作業できるのだ。
華やかなのはローターだけではない。その下の4分の3プレートにはグラスヒュッテ・ストライプが装飾されている。このプレートは温かみのある色調だが、コーティングや着色などは施されていない。時間の経過とともに、じんわりと風合いが変化する洋銀の特徴を生かすのがA.ランゲ&ゾーネの手法なのだ。テンプ受けに手彫りで花のモチーフを入れるのも、グラスヒュッテの伝統にのっとっている。細部にまで凝り、端正に仕上げる抜かりのなさは、職人の技がさえる芸術的な食器類を見る思いだ。欲を言えば、ネジ留めのゴールドシャトンがないのはいささか寂しい。
さて、大いなるハレの日に重要なことはそのほかに何があるだろう? すべてがタイムスケジュール通りに進み、料理も滞りなく運ばれてくるべきなのは言うまでもない。この「サクソニア・アウトサイズデイト」という名の館では、ごくごくわずかな遅れが出たりはしたものの、厨房は最良に近い仕事ぶりを発揮した。歩度測定器にかけたところ6姿勢における最大姿勢差は6秒と、さほど大きな開きは見られなかった。平均日差は若干の遅れがあり、マイナス0・5秒。これは2週間毎日着用した実測値と同じ結果だった。
気配り十分な着用感
特別な日にはスピーチなどをする必要も出てくるものだが、できる限り平穏に丸く収まってほしいものだ。サクソニアのリュウズはかなり小さいサイズながら、すんなり操作できるのがいい。ストップセコンド機能があるので、厳密な時刻合わせも可能だ。A.ランゲ&ゾーネのアウトサイズデイト付き腕時計で特徴的なのは、10時位置のプッシュボタンで日付修正ができることだが、この「サクソニア・アウトサイズデイト」にもその機能が備わっている。ボタン上面の指が当たるところはサテン仕上げだが、面取りされたエッジのごく狭い部分は鏡面に磨かれて見た目も良く、押し心地はしっかりしている。力まずに押せるが、不用意に触れてしまっても誤作動することがないよう、ほどよい手応えがあるのだ。
しかし特別な日には、必ずしも快適さが最優先事項というわけでもない。というのは、このモデルは下ろしたてだとアリゲーターストラップが少々堅いのだ。手首回りの肌になじむには、やや時間が必要だろう。だが仕上がりの良さはストラップにも見て取れる。仕上げが抜群に良いのは、A.ランゲ&ゾーネのロゴが入ったホワイトゴールド製の尾錠も同様だ。完璧にフライスされ、丁寧に磨き上げていることが分かる。使いやすいことに加え、尾錠の両脇が下向きにカーブを描いており、ストラップの縁が隠れるようになっているのも心憎い。
ところで結婚式のようなハレの日は、伝統としきたりが重要な役割を果たすのは言うまでもない。A.ランゲ&ゾーネにおけるふたつの窓から成るアウトサイズデイトはブランドアイコンとしての意義が深いが、そのルーツは歴史の中にある。1841年、ドレスデンに新設されたゼンパー歌劇場に、時と分を表示するふたつの窓を持つ、デジタル表示時計が組み込まれた。分表示は5分に一度動き、10分の表示の次は5分後に15分の表示に切り替わるようになっている。これは表示窓の奥で数字パネルをつないだ輪が回転する仕組みのものだ。このクロックは時計師ヨハン・クリスチャン・フリートリッヒ・グートケスが設計し、弟子のひとりのフェルディナント・アドルフ・ランゲが助手として作業に加わり製作された。その4年後、ランゲはドレスデン近郊のグラスヒュッテに自身の工房を設立する。これがドイツにおける工業規模の時計産業の中心地としての基盤となった。
しかし、それからふたつ窓の大型日付表示が再び時計の中に現れるようになるにはしばし時間が必要となる。第2次世界大戦が1945年に終結し、49年に建国されたドイツ民主共和国(旧東ドイツ)によりランゲ社は接収された。その後、ブランド創始者フェルディナント・アドルフ・ランゲの曾孫であるウォルター・ランゲは、ドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)への亡命を経て、当時IWCとジャガー・ルクルトを擁する精密機械企業グループVDOのバックアップの下、90年に新生ブランドA.ランゲ&ゾーネを設立する。こうして94年に4本の新作腕時計が発表され、そのうち3本に存在感あるアウトサイズデイトが備えられた。発表当時、この大型日付表示は極めて特異なものだったのだ。
アウトサイズデイトはすぐに同社のブランドアイコンとなり、大型日付表示はたちまちトレンドと化した。その傾向は今なお続いている。A.ランゲ&ゾーネのアウトサイズデイトの構造は、10の位を十字架形のホイールで表示し、その下に置いた円盤状のホイールで1の位を表す方法だ。これは現在でも根本的には変わっていない。2桁の数字の周りに窓枠を設け、真ん中で区切る枠棒が左右2桁の数字をそれぞれ表示するホイールの段差を隠すようになっているのは、ゼンパー歌劇場のデジタルクロックのスタイルを踏襲したものだ。これは技術的にもビジュアル的にも巧みな手法である。月初めの1日から9日まで左側の窓が空白になるというのは、日付表示全体としてはややバランスが崩れるものの、これも含めて当初から同じスタイルで続けていくようだ。
また、アウトサイズデイトの採用と同じく、ムーブメントに装飾の研磨と彫りを施すのも、A.ランゲ&ゾーネの伝統として根付いたものだ。
人生の節目にふさわしい買い物
さて、晴れやかな日の話題としてはあまり取り上げたくはないが、ここで価格の話に移ろう。今回のサクソニア・アウトサイズデイトが突出しているのは、何と言ってもその価格だ。346万5000円というのは、参列者の記憶に残るような豪華な結婚披露宴に相当するような金額だろう。
「1815」(299万2000円)やサクソニア・オートマティック(295万9000円)に続いてこのモデルが登場したことにより、コンプリケーションモデル群に目が行きがちなメンズウォッチのエントリーモデルがさらに充実した。そして「サクソニア・アウトサイズデイト」は、実はアウトサイズデイト付きのラインナップの中では最も価格が抑えられている。これはデザインアイコンとして代表格の「ランゲ1」が447万7000円であることからも明らかだ。そしてサクソニアに対して、ランゲ1には基本機能としてパワーリザーブインジケーターがあるという違いがあるが、自動巻きにはなっていない。つまりサクソニア・アウトサイズデイトは、偉大なるマニュファクチュールの世界を知る入門機として素晴らしいだけではなく、自動巻きという特性により実用性も高められているというわけだ。価格については、粋を集めた時計製作技法や見事な手仕事による装飾、そして貴金属加工の何たるかを心得た細やかな仕上がりに見合ったものと評価できる。
結婚式と同じように、こうした特別な時計を購入する機会は恐らく人生において何度もないはずだ。そう考えると価格にも折り合いがつけられそうだ。そして、手に入れた暁には、〝大いなる1日〞を毎日目にして実感できるようになるだろう。