ダイアルデザインとムーブメント開発を両立した カルティエのサヴォアフェール

2023.12.15

大声で喧伝はしていないが、今のカルティエは、スイスでも屈指の自社一貫生産体制を誇る。ムーブメントだけでなく、ケースやブレスレット、そして針まで内製する会社は極めて珍しい。そんな同社は、ムーブメントとケースを高度に融合したコレクションを作るだけでなく、文字盤という新たな領域でも、その創造性を発揮するようになったのである。

サントス デュモン

カルティエ「サントス デュモン」
ケースとムーブメントに「サントス」の世界観をいかんなく表現した大作。自動巻き用のマイクロローターには地球儀とアルベルト・サントス=デュモンが設計・製造した単葉機「ラ ドゥモワゼル」があしらわれる。薄型のスケルトンウォッチだが、1万7000回の耐衝撃テストをクリアするほか、振動数を高めることで着用時の精度も改善した。自動巻き(Cal.9629 MC)。33石。2万5200振動/ 時。パワーリザーブ約46時間。SS(縦43.5×横31.4mm、厚さ8mm)。日常生活防水。469万9200円(税込み)。
奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(クロノス日本版):文
Text by Masayuki Hirota(Chronos Japan)
Edited by Yukiya Suzuk(i Chronos Japan)


卓越したダイアル表現に込められた創造性と専門性

サントス デュモン

 ラ・ショー・ド・フォンに工場を新設したカルティエは年々、自社一貫生産体制を整えていった。まずは付加機構のモジュール、続いて自社製ムーブメントの開発。そして、ケースやブレスレットも社内で製造するようになった。ムーブメントを内製する時計メーカーは少なくないが、今やカルティエはほとんどのモデルの外装を自社でまかなえるようになった。「時計王国」スイスでも、かなり珍しいメーカーだ。その結果、カルティエはムーブメントと外装に統一性を与えられるようになった。

 記事冒頭の「サントス デュモン」スケルトンウォッチは、本作の成り立ちに敬意を払ったモデルで、「サントス」らしい薄型ケースに、やはり薄い自社製のマイクロローター自動巻きを合わせたものだ。ムーブメント全体に部品を散らすという巧みな設計もさることながら、マイクロローターに飛行機のモチーフをあしらうのが、今のカルティエらしい。

 そもそものアイデアは、「サントス」ウォッチの発案者である、飛行士のアルベルト・サントス= デュモンにある。彼が設計・製造した単葉機「ラ ドゥモワゼル」をムーブメントの意匠に採り入れるという発想が、ユニークなマイクロローターに結びついた。ただローターに飛行機を加えただけに見えるが、飾りを付けるとローターのバランスが崩れてしまう。そのため重いローターが回りすぎないよう、自動巻き機構とローターの間には回転数を抑える歯車が追加された。

 近年、カルティエは、同社ならではの表現を主に外装で実現してきた。そこにムーブメントを加えて、創造性をもう一段高めたのが本作である。

サントス デュモン

Antoine Pividori ©Cartier
サントス デュモン
オリジナルのエレガンスを強調したモデル。クォーツムーブメントを採用することでケースの厚みを7mm台に抑えた。サンレイ仕上げのグレー文字盤には新技法のシール転写を使ったインデックスがあしらわれる。鮮やかな金の盛り上がりは、従来のプリントでは実現不可能だったものだ。外装だけでなく、今やダイアルにも注力するカルティエならではのモデル。クォーツ。SS×18KYG(縦43.5×横31.4mm、厚さ7.3mm)。日常生活防水。91万8500円(税込み)。

 かつてのカルティエは「王の宝石商」という呼び名にふさわしい、端正なシルバー文字盤を売りにしていた。インデックスは伝統のローマ数字。しかし、内製化で時計の完成度を高めた同社が、文字盤に目を向けるようになったのは当然だろう。ここ数年のカルティエは、文字盤にさまざまな色をあしらうだけでなく、新しい技法にも取り組むようになった。

「サントス デュモン」のコンビネーションモデルで目を引くのは、鮮やかなスレートグレー文字盤だ。これは中心にプレスで深いパターンを施し、外周には筋目仕上げを、インデックスにはゴールドカラーのローマ数字をあしらった。注目したいのはゴールドカラーのインデックスだ。これは別部品を埋め込んだアプライドでも、インクを使ったプリントでもなく、新技術であるシールの転写だ。ペイントより盛り上がり方が均一で、しかしアプライドより薄いため、薄い「サントス デュモン」には見事にマッチする。

パシャ ドゥ カルティエ

Antoine Pividori ©Cartier
パシャ ドゥ カルティエ
2023年の新作は、文字盤にサンレイ仕上げのブルー文字盤をあしらったもの。半透明のラッカーを薄く施すことで、光の加減で文字盤の色は大きく変化する。併せて、日付表示の色もブルーに統一された。サイズ調整の簡単な「スマートリンク」システムとインターチェンジャブルストラップを備える。自動巻き(Cal.1904-CH MC)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約47時間。SS(直径41mm、厚さ11.97mm)10気圧防水。157万800円(税込み)。

「パシャ ドゥ カルティエ」の鮮やかなブルー文字盤にも同社の見識が生きている。下地に強い筋目を施し、その上からラッカーを加えることで、この文字盤は光の加減によって、さまざまに色を変える。また、文字盤の色だけでなく、日付表示の色も濃いブルーに改められた。あえて色を強くしたのは日付を目立たせるため。ムーブメントに手を加える必要があるため、普通は文字盤の色を変えても、日付表示の色は変更しない。しかし、ムーブメントを内製するカルティエはそれを実現してしまったのである。

タンク ルイ カルティエ

Vincent Wulveryck © Cartier
タンク ルイ カルティエ
鮮やかなラッカー文字盤を打ち出した本作は、1980年代のモデルに対するオマージュだ。あえてインデックスを省き、鮮やかなラッカー仕上げの文字盤を強調している。歪みのない塗装面は、かつて実現できなかったディテールだ。右から、ブラック、レッド、そしてトレンドカラーのグリーン。手巻き(Cal.1917MC)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KYG(縦33.7×横25.5mm、厚さ6.6mm)。3気圧防水。各198万円(税込み)。

 そして、「タンク ルイ カルティエ」の鮮やかなラッカー文字盤も今のカルティエの力量を示すものだ。その色と仕上げはかつての「タンク」へのオマージュだが、文字盤の塗装面に歪みはなく、発色も際立って鮮やかだ。加えて本作では、難しいとされるストラップと文字盤の色を完全に揃えてみせた。

 今やスイス時計業界屈指の自社一貫生産体制を整えたカルティエ。だが、そのゴールは質を高めるだけに限らない。同社が目指すものとは、より創造的で一層洗練された時計を作ること、なのだ。


Contact info:カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-1847-00


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