数多くのアイコニックなデザインを持つカルティエ。時計メーカーではないという出自は、丸ではないケースデザインを時計にもたらし、時計メーカーとしての成熟は、それを大きな個性に成長させた。定番であり、永遠に進化し続けるカルティエのスクエアウォッチ。その個性は唯一無二だ。
普通の丸い時計に比べて、スクエアウォッチは文字盤の面積を大きく取ることができる。そのメリットを生かしたのが本作だ。6時位置に大きなデュアルタイムを加えたにもかかわらず、視認性は良好だ。また、ブレスレットのサイズ調整は容易で、ストラップにも簡単に交換できる。ケースが薄いため、装着感も秀逸だ。自動巻き。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(縦47.5×横40.2mm、厚さ10.01mm)。10気圧防水。145万2000円(税込み)。
広田雅将(クロノス日本版):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos Japan)
ジュエリーメーカーとしての出自がもたらしたスクエアケース
数多くのアイコニックな時計を擁するカルティエ。時計メーカーではないという出自は、同社の時計に、デザインの豊かさをもたらした。中でもカルティエが得意としたのは、スクエアのケースだ。今でこそ当たり前となったが、丸型以外のケースを普及させた立役者は間違いなく「王の宝石商」だった。
1911年にサントス デュモンを完成させた際、カルティエは今までにはない配慮をケースに加えた。ベルトを留めるラグをケースと一体にしたのである。それ以前も懐中時計を腕時計に仕立てる試みはあった。しかし、これらはベルトを留めるラグが別部品で、しかも線を丸めた簡素なものだった。強いショックを受けると、ベルトは外れてしまうだろう。対してカルティエは、ラグとケースを一体にすることで、ベルトを外れにくくしたのである。サントス デュモンが「腕時計の祖」と言われる理由だ。
カルティエが丸型以外のケースを作れた理由は、時計メーカーではなかったためだ。事実、初期のカルティエは、時計ではなくジュエリーの製法でケースを製作していた。トーチュのケースは鋳造で、タンクのケースは折り曲げた板を溶接して作られていた。ジュエリーメーカーであるカルティエが、時計らしからぬケースを作ったのは当然だろう。
今のカルティエはデザインに応じてムーブメントも自在に設計できるようになった。その好例が本作だ。機械を大胆に肉抜きすることでスクエアな造形を一層強調する。ドレスウォッチにもかかわらず、10気圧防水と約72時間ものパワーリザーブを実現した。ブレスレットとケースのバランスが優れるため装着感も良い。手巻き(Cal.9612 MC)。18KYGケース(縦47.5×横39.7mm、厚さ9.08mm)。1102万2000円(税込み)。
以降、タンクを筆頭に、カルティエはスクエアケースのバリエーションを増やしていった。大ヒット作の「サントス ドゥ カルティエ」はオリジナルの持つスポーティーさを強調したモデルだ。ケースの厚みは10mmを切っているが、防水性能はなんと10気圧とスポーツウォッチ並みだ。薄いスクエアケースは防水性能が低いという時計業界の常識をカルティエは覆してしまったのである。また、「スマートリンク」システムのおかげでブレスレットのコマが簡単に調整できるほか、「クイックスイッチ」でブレスレットとストラップの交換も容易だ。
しなやかなブレスレットを強調したスクエアウォッチ。構成は1980年代のオリジナルを引き継ぐが、外装の完成度は一層高まった。歪みの少ないケースやブレスレットは、今のカルティエの技術力を証す。滑らかな装着感のため、ブレスレットはあえてネジ固定式となっている。クォーツ。18KYGケース(縦42×横31mm、厚さ6.71mm)。3気圧防水。472万5600円(税込み)。
80年代に登場した「パンテール ドゥ カルティエ」は、角型のデザインを継承しつつも、より滑らかなブレスレットを加えたモデルだ。最新作はケースの磨きが良くなったほか、ブレスレットも一層滑らかになった。サントスに同じく、時計とブレスレットの重さのバランスは秀逸で、重い金時計であっても、長く着けても疲れにくい。
傑作タンクのケースを湾曲させたのが「タンク アメリカン」だ。ケースサイドを膨らませたデザインはタンクに同じ。しかし縦方向に伸ばしたことで、まったく別物に見える。製造が難しいため、レアなモデルだったが、ケースやブレスレットを内製化することで、カルティエはタンク アメリカンの再生産に成功した。
スクエアな形状に丸みを盛り込んだのが、タンク アメリカンのケースだ。ユニークなデザインのため量産は難しかったが、カルティエが外装部品を内製することにより、リバイバルを遂げた。全長は約44mmと長いが、ケース全体が湾曲しているため、吸い付くような装着感を持つ。自動巻き(Cal.1899 MC)。18KYGケース(縦44.4×横24.4mm、厚さ8.6mm)。3気圧防水。265万3200円(税込み)。
カルティエらしい挑戦的な試みが、極めて小さな「タンク ルイ カルティエ」だ。ケースのデザインはタンクを踏襲するが、なんとケースサイズは縦24×横16.5mm。しかもこのモデルは、女性だけではなく、男性向けでもあるのだ。かつてスクエアなケースを打ち出したカルティエは、極端なミニサイズで、時計業界を挑発しようとしている。
永遠の定番である「タンク ルイ カルティエ」。2024年の新作は、極端に小さなミニモデルだ。典型的な女性用と思いきや、カルティエ曰く男性も使えるとのこと。ケースを厚くし、肉厚なストラップを合わせることでブレスレットのように使える。スクエアウォッチの新しい提案だ。クォーツ。18KYGケース(縦24×横16.5mm、厚さ6.2mm)。3気圧防水。120万1200円(税込み)。
カルティエがスクエアケースを進化させられた理由は、ケースやブレスレットも内製するためだ。普通、こういった外装部品は、外部のサプライヤーから購入する。しかし、より高い完成度を求めて、カルティエは外装部品を内製化。その結果、スクエアケースという個性はそのままに、バリエーションを増やし、機能を高めることに成功したのだ。
時計メーカーではない、という出自がもたらしたカルティエのスクエアケース。他社にもスクエアな時計はある。しかし、長い歴史が成熟させたカルティエのスクエアケースは、唯一無二の存在だ。