2021年ももうすぐ終わろうとしている。
昨年同様、今年も新型コロナウイルス感染拡大を抜きには語ることのできない1年となった。
時計業界も例外ではなく、スイスはもちろん、日本においても「コロナ禍」の影響を受けたトレンドが多々見られた2021年。
時計専門誌『クロノス日本版』編集長の広田雅将が、2021年を振り返りつつ、2022年へ向けた時計業界のトレンドを分析・考察する。
広田雅将(クロノス日本版):文 Text by Masayuki Hirota(Chronos Japan)
2021年12月 掲載記事
「コロナ禍」でも売れる腕時計とは?
2020年に始まった「コロナ禍」によって、時計市場は大きく変わった。部品の供給が滞り、職人たちが出社しにくくなったため、各時計メーカーは生産計画を全面的に見直さざるを得なくなったのである。生産が安定しなくなると、各社は確実に売れるモデルや、すぐに売れるモデルに力を入れるようになる。
確実に、しかもすぐ売れるジャンルの筆頭が、いわゆる「ラグジュアリースポーツウォッチ」だ。1970年代に登場したこのジャンルの腕時計は、スポーツウォッチほどのハイスペックはない代わりに、薄くて着け心地に優れたケースを持っている。加えて、新しいラグジュアリースポーツウォッチには、価格を問わず、良質なブレスレットが付くようになった。
ラグジュアリースポーツウォッチに限らず、2021年に発表された多くの新作は、10年前では考えられないほど、優れたブレスレットを持っている。ショパール「アルパイン イーグル」やパルミジャーニ・フルリエの「トンダ GT」などが良い例だ。
メタルブレスレットウォッチが注目される理由
2010年代以降に時計市場を牽引するのは、中国を含むアジア圏である。この地域の多くは暑いため、一部の時計好きを除いて、革ベルトの腕時計は好まれない。多くの時計メーカーは、アジア圏で受け入れられる金属製ブレスレットの製造ノウハウを持っていなかったが、ようやく優れたものを作れるようになった。
また、この10年で、ファッションも変わった。ストリートファッションやスポーツウェアの広まりが示すように、大きくカジュアル化したのである。そうなると、革ベルトのドレスウォッチよりも、砕けた服装に合う腕時計が注目されるようになる。2020年以降の時計市場を、ラグジュアリースポーツウォッチが席巻するようになった理由である。
景気悪化がもたらす定番回帰とカラーバリエーション
もうひとつの特徴が、いわゆる「定番」のリバイバルだ。景気が悪くなり、消費者たちの財布のひもが固くなると、目新しい腕時計よりも、長く使えそうなモデルに目が向くようになる。いわゆる「リーマン・ショック」の時も、各社は定番モデルのテコ入れをした。今回も同様である。2021年に発表されたモデルは、その多くが確実に売れそうな定番の改良版である。
新作を投入できないメーカーは、文字盤のバリエーションを増やすようになった。10年前、腕時計の文字盤に使われる色は、ホワイト、ブラック、シルバー、ブルーぐらいだった。しかし、今やグレーは当たり前になり、グリーンやイエロー、またさまざまな中間色も加えられるようになったのである。
「コロナバブル」が生んだニューリッチと時計バブル
景気対策として、各国政府は大幅な金融緩和を行った。その結果、一部では「コロナバブル」と言われる状況が起こっている。2020年以降、そのお金が時計市場に流れ込むようになり、2021年はいっそう加速した。新たな富裕層は、高額な複雑時計に目を向けるようになり、一部のモデルは、入手が難しくなりつつある。各社は、素材や文字盤を変えた限定品をリリースし、それはいっそう消費を煽ろうとしている。距離を置こうとするメーカーもあるが、まだ時間はかかるだろう。
装着感を重視する高級時計のトレンド
しかし、高級時計全体に目を向けると、大きなトレンドは装着感、つまり良い着け心地になるだろう。ファッションに同じく、いくら格好良い腕時計であっても、着け心地の悪いものは支持されにくくなってきた。そのため、ブルガリを筆頭とする薄型時計はもちろん、分厚いコンプリケーションでさえも、着け心地を考えるようになったのである。頑丈さのために着け心地を犠牲にしてきた日本製の腕時計が好例だ。最新版のグランドセイコーなどは、かつてのモデルとは比較にならないほど腕なじみに優れている。
今後も、景気を問わずこういったトレンドは続いていくだろう。とりわけ、ブレスレットの付いた腕時計は、ラグジュアリースポーツウォッチでなくても、一般化していくはずだ。服装のカジュアル化は、腕時計をTPOにかかわらず使えるものに変えつつある、と言えそうだ。