私たちが未来に持っていきたい
1本を選ぶとしたら……
世界中に経済不況が起ころうが、テロが頻発しようが、
私たちは毎年必ず発表される数多くの新作を見て
それぞれに論評を下し、然る後に“アワーリコメンド”を多くの読書諸賢に伝える役割を担っている。
「小粒でもいい、必ず良作は見つかる」。
そう祈りながら、私たちは5日間、S.I.H.H.の会場であるパレクスポへと日参した。
ここで紹介するのは、私たちがそんな祈りの言葉を呟きながら、
今年のS.I.H.H.で“捕獲した”ベストチョイスである。
[数ある中から「普通の2針」を選んだ簡単な理由]
広田雅将
自分でも意外だったが、2016年のベストは「普通」の2針手巻きになった。もっとも、これには理由がある。今年A.ランゲ&ゾーネは、「サクソニア・フラッハ」の文字盤を小変更。そして小ぶりな37mmケースを追加した。筆者が見たのは40mmだけだが、これは他のメディア関係者も同じだったはずだ。というのも、37mmモデルは小売店にだけ公開されたからだ。
しかし筆者は、見てもいない37mmをあえて推したい。価格が171万円(予価)だから、である。正直言うと、40mmのフラッハならば、もう少し追金をして、筆者は38.5mm径の「1815」を買う。しかし171万円ならば、正直かなり迷う。
時計ジャーナリストの端くれとして、高級時計には夢があって欲しいと願っている。ただ一介の時計好きにとっては、頑張れば買えるかもしれないことは、いっそう夢がある。
[知性溢るるストレンジピースの出現に歓喜]
古川直昌
高級時計の“良き理解者”であったかどうかは疑問だが、“上質なパトロン”ではあった中国市場の衰退によって、スタンダードの再構築が企図されるのは理解できる。しかし筆者は、そんな閉塞した状況下だからこそ、その対極に位置するストレンジピースをジュネーブで発見したいと願った。そんな思いを反映したかのような待望の新作を2本発見! ひとつはヴァン クリーフ&アーペルの「ミッドナイト ニュイ リュミヌーズ ウォッチ」。もうひとつがウルベルクの「EMC“タイムハンター”」だ。「EMC」は手巻きムーブメントに測定用センサーとICを仕込み、時計師の机に置かれたタイムグラファーを腕時計の内部で再現する野心作。今年はこの測定器に改良の手が加えられ、振り角まで測れるようになったのだ。手巻き式のクランクをジコジコと回して発電し、測定開始! この時計の振り角を示す針が“びゅん”と振れた刹那は、手垢にまみれた「ユーザーフレンドリー」という言葉の本当の意味が理解できた。作り手の頭脳が受け手の牧歌的なアドレナリンを呼び起こした瞬間。高級時計の未来はまだまだ明るいと確信した。
[SF映画の王道を辿るなら、未来の技術が行き着く先は古典]
鈴木裕之
S.I.H.H.の本質が“リシュモン勢によるグループ展示会”である以上、一定の規則性に沿った新作発表となるのは致し方ない。数年来続いてきたレディスへの注力に加えて、今年はエントリーレンジまで包括する“スタンダード再構築”の気運が目立った。一方、新設された集合ブース「カレ ドゥ オートオルロジュリー」は、旧GTEやバーゼルの出展組を取り込んで飛躍の可能性を示したが、まだまだ準備不足の感は否めない。そうした中で気を吐いたのは、電子調速機に挑んだピアジェ、複雑系ムーブメントの自社開発に取り組んだヴァン クリーフ&アーペルといった意外性を感じさせる面々。最も未来を見せてくれたのは、20周年を迎えたパルミジャーニ・フルリエの「コンセプト センフィネ」。CSEM元職員による“フレキシブル関節の非摩擦特性”の研究を元に、シリコンでいにしえのグラスホッパー脱進機を再構成。約16°の振り角に、11万5200振動/時という高振動を与えてなお、大幅なパワーリザーブの増加(現状で約5倍)が見込まれる。しかし5/1000㎜の製造誤差すら許容しないため、テンプ位置の微調整は電子パーツに依存する。もう“古典なのか未来なのか分からない”あたりが、少しだけ情緒的だ。