複数の時間帯を表示可能な腕時計は、この世に数多く存在する。それらは、副次的な表示手段により、異なる時間帯を示す仕掛けとなっている。12時間や24時間表示の副時針、あるいは第2時間帯のためのインダイアル、ルイ・コティエ式のワールドタイマーであれば都市名リングと24時間リングなどである。
しかし2011年に発表された「クラシック オーラ・ムンディ 5717」には1組の針しかなく、第2時間帯表示のインダイアルも24時間リングも持たない。にもかかわらず、ふたつの異なるタイムゾーンの現在時刻を知ることができる独自のインスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システムを備える。その機構を司るのが、6時位置にある都市名表示と、8時位置に置かれたリュウズだ。
8時位置のリュウズを回すと都市名が順に切り替わっていく仕掛けで、購入したらまず、今いる場所……日本であれば「TOKYO」を表示させる。続いて、3時位置のリュウズでデイ/ナイト表示と針、そして日付表示を現在時刻に合わせる。これでセッティングは完了。8時位置のリュウズを回せば、時針とデイ/ナイト表示、日付が連動して各都市のタイムゾーンの現在時刻を示してくれる。再びホームタイムである日本時間に戻す際には、リュウズを回し進めてTOKYOを表示させる……のではない。8時位置のリュウズはボタンも兼ね、どのタイムゾーンを表示している時でも、それを押せば瞬時に時針とデイ/ナイト表示、日付表示の3つが切り替わり、日本時間に戻るのだ。そして再度リュウズを押せば、直前に合わせていたタイムゾーンへと3つの表示が切り替わる。
リュウズを押すだけで、ホームタイムとローカルタイムを行き来する。この極めて操作性に優れたインスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システムの鍵となるのが、各時間帯の現在時刻を記憶する機械式メモリーである。そのモジュールは、クロノグラフ機構の原理を応用する。下は、その機構図。ご覧のように、クロノグラフをゼロリセットするのと同じハートカムとハンマーとが備わっている。ふたつのハートカムはそれぞれメモリーホイールを備え、時針を動かす筒車に連結するディファレンシャルギアに噛み合っている。一方のハートカムがその位置でホームタイムを記憶し、8時位置のリュウズを回して都市名を切り替えると他方が動いて表示を切り替え、ハートカムがその位置を記憶する。そしてリュウズを押すたびにハンマーが各ハートカムを打ち分けて、それぞれが記憶したタイムゾーンに切り替える設計である。
さらにデイ/ナイト表示と日付表示は、時針とともにゆっくりと動き続ける仕組みとした。なぜならタイムゾーンを切り替える際、時針とスムーズに同調させるためだ。日付表示窓が広く開けられているのは、デイトディスクが常に動き続けているから。結果、窓には複数の数字が表れるが、今日の日付を明確に示すために丸いフレームが備えられている。そのフレームはデイトディスクと一緒に動き、深夜零時に右端に至ると瞬時にフライバックして次の数字を囲んで示す精密なレトログラード機構も備えている。
このインスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システムでは、新たに4つの特許が登録されたという。ふたつのタイムゾーンを自在に旅するクラシック オーラ・ムンディは、現代のブレゲによる優れた発明であることの、これが証しだ。
機械仕掛けの記憶術
The Mechanical Memory
2都市を設定すれば、8時位置のリュウズをプッシュするたびに時針と日付表示、デイ/ナイト表示が各都市のタイムゾーンに合わせて瞬時に切り替わる。
「クラシック オーラ・ムンディ」が備えるこのインスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システムは、現代のブレゲが発明した世界初のメカニズムである。
その主要モジュールには、設定したふたつのタイムゾーンを記憶し、それぞれを瞬時に切り替える機械式メモリーが組み込まれている。リュウズを押すだけで、2都市の時間を行き来する操作性にも優れたこの機械式メモリーは、クロノグラフの機構をヒントに生まれた。