さらに進化した「セイコースタイル」
開発を担当したセイコーウオッチの江頭康平氏はその狙いを次のように語る。「世界中でもっとグランドセイコーのファンを増やしていくために、ブランド哲学を守りながらも、デザインを拡張していく必要性を感じていました。そのひとつの答えが本作です」。つまり、今までのグランドセイコー(以下GS)とは違うイメージを持たせたかったというわけだ。
企画がスタートしたのは2012年。デザインの方向性が決まった後、それを実現するために開発陣が選択した素材がジルコニア・セラミックスだった。しかし条件を検討する中で、フルセラミックスは耐久性に難ありという結論に至った。
「他社製品も一通り分解しました。しかしフルセラミックスだと、GSの品質基準を満たせませんでした。とりわけ裏蓋をねじ込みにできないため、弊社が考える長期防水性を確保できませんでした」こう語るのは、セイコーウオッチのデザイナー、久保進一郎氏だ。
こうして生まれたのが、ブライトチタンのミドルケースにセラミックスの外装を被せる「ハイブリッド構造」であった。
「しかし耐久性を考えると、ミドルケースもセラミックスも肉厚になります。セラミックスの場合、最低2㎜ですね。結果、ケース径は46・4㎜となりました。GSの場合、まず耐久性が重要ですから」(久保氏)
史上最も大きなGSとなったブラックセラミックス。しかし、デザインチームはこの時計に軽快な取り回しを与えた。
「時計の全長は最大でも52㎜程度に抑えるべきだと考えています。ですから、まず全長を決めてからデザインに取りかかりました」
事実、52・5㎜という全長は、直径40㎜のビジネスウォッチとほぼ同サイズだ。そして重さ。ミドルケースにチタンを用いた理由は「セラミックスとミドルケースの間に汗が入っても錆びないため」。しかし軽いチタンの採用により、着け心地はサイズを感じさせない。加えて、デザインチームはストラップにも配慮を施した。ストラップはなんと総手縫い。テンションを内側にかけて縫うことで、曲がりを良くしたという。確かにテンションを変えて縫うのは、機械縫いでは不可能だ。
デザインを担当した久保進一郎氏。「セラミックスは日本発の素材なので、どうしても採用したかった。またセラミックスの黒色には、表面処理では出せない深みがあります」
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デザインのベースとなったのはおなじみセイコースタイルである。
「セイコースタイルの平面と稜線で構成された造形をより力強いものにしたかった」と久保氏は言う。
「イメージしたのは鎧です。強固なセラミックスで中身を守るというコンセプトをデザインでも表現したかった」。そのため、ケースサイドはあえて時計全体をカバーするように裏蓋の際まで平面が落ちている。かなり難しい作業だったと久保氏は語る。
「セラミックスは平面を出すには向く素材です。しかし平面のみで形づくると全体の印象が硬くなる」。そこで久保氏は平面に非常に緩やかな曲面を与えることで、実用性と色気を加えた。「ケースの角はまだ立てられます。しかし黒く美しい鏡面をつくるために、角が落ちきらないギリギリで研磨を止めています」。
結果として生まれたのは、既存のグランドセイコーとは明らかに異なる、堂々たる体躯の時計。しかも取り回しの良さと、GSならではの耐久性も見事に両立した点に、今のセイコーの非凡な力量がある。