グランドセイコーが切り拓くニューフロンティア

2016.06.03

9R SPRING DRIVE 8DAYS

グランドセイコーの新しいフラッグシップモデルが、「9R スプリングドライブ 8DAYS」だ。
その最大の特徴は、ケースにプラチナを採用した点。以前もGSにはプラチナケースが存在した。
しかし今回は、デザインが異なる。角張ったケースに軟らかいプラチナ素材は使えない。
その常識を覆したのは、まったく新しい素材と、そしてセイコーエプソン独自のケース製法であった。

「Ref.SBGD001」プラチナケースに約8日間という長いパワーリザーブを持つグランドセイコーのフラッグシップモデル。プラチナらしからぬエッジの効いた造形と、メッキと塗装を混在させた複雑なダイヤモンドダスト文字盤を持つ。手巻き(Cal.9R01)。56石。Pt(直径43.0mm)。10気圧防水。600万円。セイコープレミアムウオッチサロンおよびセイコープレミアムブティック専用モデル。8月6日発売予定。

美を極める外装の新手法

 プラチナという素材は、爪の倍程度の硬さしかない。ビッカース硬さ(Hv)で言うと、純プラチナが40から50程度。そのため、爪で押すと簡単に傷が付くし、加工も極めつきに難しい。

 だが、そのプラチナ素材に実用性を持たせ、かつグランドセイコーらしい角張った造形も盛り込めないのか。そこで生まれたのが「9R スプリングドライブ 8DAYS」である。幸いにも、セイコーエプソンは外装に関するノウハウを蓄積していた。

 まず見直したのは素材だ。プラチナの純度を下げれば硬くできるが、10%の混ぜ物を加えたPt900は、世界に通用しない。そこで同社は、950という純度を保ちつつ、硬度を上げる手法を選んだ。開発チームが選んだ素材は銅。5%加えることで、素材を硬くするだけでなく、切削性も改善された。「パラジウムなど、いろいろ試しましたが、銅が良いことが分かりました」と、デザインを担当する星野一憲氏は説明する。

 加えて同社は、この素材を冷間鍛造にかけていっそう硬くした。ちなみに世界を見渡しても、プラチナ素材を鍛造できるメーカーは数えるほどしかない。パテック フィリップ、ロレックス程度だ。素材の見直しと鍛造の採用により、Pt950にもかかわらず、Hvは180まで上がった。SSほどではないが、一般的な18Kゴールドより硬いため、実用性は大きく向上した。

 そして磨き。GSが採用するザラツ研磨は、当然このモデルにも採用されたが、手法が違う。標準的なザラツ研磨は、研磨剤を付けた円盤を回転させ、そこにケースを当てる。対して今回は、研磨剤を使わないプラチナ専用のザラツ手法「PDZ」を開発した。これは特殊な素材にPtケースを当てることで、整った面と切り立った角を両立させる試み。ザラツ研磨を担当する黒木友志氏は「セイコーエプソンの半導体研磨技術を応用したもの」と説明する。もっとも、硬いとはいえプラチナ素材。しかもGSのフラッグシップにふさわしく、星野氏はこのモデルに磨きにくい太いラグを与えた。結果、ザラツに要する時間は最低でもSSモデルの約10倍かかるという。

 文字盤にも新製法が採用された。ケースが大きくなった結果、文字盤の面積は広がる。しかし、平板に見えないように立体感を与えると、GSらしい視認性は損なわれる。そのため「文字盤は平面ですが、実は複数のレイヤーを持たせています」。GSの文字盤は耐久性を高めるため、表面に施す保護用のラッカーを含めると、スイス製の高級時計の10倍近いメッキや塗膜の厚みを持つ。しかし、厚くなるほど、繊細な質感を出しにくくなる。そこでセイコーエプソンは、厚みを最大限に生かし、深さを出そうと取り組んできた。この時計の文字盤を例に挙げると、文字盤上のレイヤーは実に7層。真鍮をプレスして表面を荒らした後、ニッケル、シルバー、そしてロジウムメッキなどをかけ、最後に保護用のラッカーを厚く載せている。結果、文字盤の表面は、ダイヤモンドダストのようにきらきら光るようになった。現在、スイスの高級時計メーカーは、GSの文字盤製法を熱心に研究している。しかし、厚みを生かしたこの手法は、容易には模倣できないだろう。

 GSの新作。一見普通だが、これはグランドセイコーの、しかもフラッグシップ機だ。普通は決してあり得ないのである。

(左)耐久性と繊細さを両立させたダイヤモンドダスト文字盤。プレスで表面を荒らし、その上に複数のメッキを施しているため、角度や光が変わるときらきらと光る。表面には厚くラッカーを載せ、耐久性を担保。インデックスまで届いた16.5mmという長い秒針にも注目。(右)プラチナ専用の新しいザラツ研磨がPDZ(プラチナ・ダイヤモンド・ザラツ)。研磨剤で磨くのではなく、板自体がヤスリのようになっていて、表面をならしていく。現在、特許申請中。