9R SPRING DRIVE 8DAYS
グランドセイコーの新しいフラッグシップモデルが、「9R スプリングドライブ 8DAYS」だ。
その最大の特徴は、ケースにプラチナを採用した点。以前もGSにはプラチナケースが存在した。
しかし今回は、デザインが異なる。角張ったケースに軟らかいプラチナ素材は使えない。
その常識を覆したのは、まったく新しい素材と、そしてセイコーエプソン独自のケース製法であった。
美を極める外装の新手法
プラチナという素材は、爪の倍程度の硬さしかない。ビッカース硬さ(Hv)で言うと、純プラチナが40から50程度。そのため、爪で押すと簡単に傷が付くし、加工も極めつきに難しい。
だが、そのプラチナ素材に実用性を持たせ、かつグランドセイコーらしい角張った造形も盛り込めないのか。そこで生まれたのが「9R スプリングドライブ 8DAYS」である。幸いにも、セイコーエプソンは外装に関するノウハウを蓄積していた。
まず見直したのは素材だ。プラチナの純度を下げれば硬くできるが、10%の混ぜ物を加えたPt900は、世界に通用しない。そこで同社は、950という純度を保ちつつ、硬度を上げる手法を選んだ。開発チームが選んだ素材は銅。5%加えることで、素材を硬くするだけでなく、切削性も改善された。「パラジウムなど、いろいろ試しましたが、銅が良いことが分かりました」と、デザインを担当する星野一憲氏は説明する。
加えて同社は、この素材を冷間鍛造にかけていっそう硬くした。ちなみに世界を見渡しても、プラチナ素材を鍛造できるメーカーは数えるほどしかない。パテック フィリップ、ロレックス程度だ。素材の見直しと鍛造の採用により、Pt950にもかかわらず、Hvは180まで上がった。SSほどではないが、一般的な18Kゴールドより硬いため、実用性は大きく向上した。
そして磨き。GSが採用するザラツ研磨は、当然このモデルにも採用されたが、手法が違う。標準的なザラツ研磨は、研磨剤を付けた円盤を回転させ、そこにケースを当てる。対して今回は、研磨剤を使わないプラチナ専用のザラツ手法「PDZ」を開発した。これは特殊な素材にPtケースを当てることで、整った面と切り立った角を両立させる試み。ザラツ研磨を担当する黒木友志氏は「セイコーエプソンの半導体研磨技術を応用したもの」と説明する。もっとも、硬いとはいえプラチナ素材。しかもGSのフラッグシップにふさわしく、星野氏はこのモデルに磨きにくい太いラグを与えた。結果、ザラツに要する時間は最低でもSSモデルの約10倍かかるという。
文字盤にも新製法が採用された。ケースが大きくなった結果、文字盤の面積は広がる。しかし、平板に見えないように立体感を与えると、GSらしい視認性は損なわれる。そのため「文字盤は平面ですが、実は複数のレイヤーを持たせています」。GSの文字盤は耐久性を高めるため、表面に施す保護用のラッカーを含めると、スイス製の高級時計の10倍近いメッキや塗膜の厚みを持つ。しかし、厚くなるほど、繊細な質感を出しにくくなる。そこでセイコーエプソンは、厚みを最大限に生かし、深さを出そうと取り組んできた。この時計の文字盤を例に挙げると、文字盤上のレイヤーは実に7層。真鍮をプレスして表面を荒らした後、ニッケル、シルバー、そしてロジウムメッキなどをかけ、最後に保護用のラッカーを厚く載せている。結果、文字盤の表面は、ダイヤモンドダストのようにきらきら光るようになった。現在、スイスの高級時計メーカーは、GSの文字盤製法を熱心に研究している。しかし、厚みを生かしたこの手法は、容易には模倣できないだろう。
GSの新作。一見普通だが、これはグランドセイコーの、しかもフラッグシップ機だ。普通は決してあり得ないのである。