マイクロアーティスト工房が磨き上げたGSの「新価」
現行グランドセイコーの美点といえば、類を見ない耐久性と実用性だろう。
フラッグシップの開発に際して、セイコーエプソンのマイクロアーティスト工房は、その美点をいっそう強調した。
加えて、量産機では採用が難しい古典的な手仕上げも、ふんだんに盛り込まれた。
実用性と審美性を高度に両立させたCal.9R01。日本を代表する時計にふさわしい心臓部である。
マイクロアーティスト工房といえば、ソヌリやリピーターを手掛けるセイコーエプソンの複雑時計製造部門だ。その工房が、グランドセイコーを作ったらどうなるのか。その答えが「9R スプリングドライブ 8DAYS」である。可能にしたのは、マイクロアーティスト工房の進化にほかならない。かつて同工房が手掛けていたのは、仕上げと組み立てのみ。しかし、ソヌリ以降は設計も同工房で行うというから、ちょっとした小メーカーだ。
GSとは何かを検討したマイクロアーティスト工房は、耐久性をいっそう高めた新型ムーブメント、キャリバー9R01を完成させた。採用されたのは極端に厚い地板と受け。厚さはそれぞれ、1・3㎜、1・1㎜と懐中時計並みである。加えて、1枚で成形することでねじれ剛性を高めた。平滑さを出すため、受けの保持はピラー式。受けの周囲に「リブ」を加えてさらに剛性を高めたというから、過剰ともいえる配慮だ。
実用性もさらに向上した。パワーリザーブは最低でも8日以上。香箱自体は既存の9Rと共用するが、香箱を3つに増やした。かつ連結用の中間車を省き、香箱をルビーで支えた結果、それぞれの香箱の駆動ロスは10%ずつ減少したという。「運針は8日間で強制的に停止させます。巻き上げ残量が0日になっても精度が出るので、パワーリザーブ表示の目盛りは0まで入れました」(星野氏)。
あえて自動巻きを省いたのも、GSとしては珍しい試みである。GSを含むセイコーの自動巻きは、ショックを受けた際のことを考えて、ローターと裏蓋のマージンを大きく取っている。今回は時計の重心を下げるため、あえて手巻きが採用された。ムーブメントと裏蓋のクリアランスは、わずか100分の30㎜。「装着感を改善するため、時計の重心は限りなく下げたかった」(星野氏)という。
また、巻き味を考慮して、リュウズ径は7㎜という大型サイズが選ばれた。そしてリュウズとの水平線上にパワーリザーブ表示を置いたのは、リュウズとの連動をダイレクトに見せるためだ。さらに、スプリングドライブの大トルクを生かして、15・5㎜というスプリングドライブ最長の分針が与えられた。もっとも筒カナへの負担を減らすため、筒カナの硬度をわずかに落とす必要があったという。焼き入れまでコントロールできる、セイコーエプソンならではの芸当である。
とはいうものの、実用性一辺倒ではないのが、マイクロアーティスト工房らしい点だ。ムーブメントには、塩尻・高ボッチ高原から望む富士山と諏訪湖、そして諏訪の街明りが表現されている。
フィリップ・デュフォー氏直伝の仕上げもいっそう改善された。一例が、面取りの深さである。「叡智Ⅰ」までの幅は0・3㎜。受け上面の節目仕上げで0・05㎜削れるため、正味0・25㎜しかなかった。しかし「叡智Ⅱ」以降、その幅は0・4㎜に増えた。これなら0・05㎜削れても、0・35㎜残る。幅が増えると面を整えるのは難しくなるが、以前よりはるかに面は平滑になった。日本産のゲンチアナルチア、スイスでいうところのジャンシャンにダイヤモンドペーストを載せ、手作業で磨いていく。
GSの価値観を深化させたスプリングドライブ 8DAYS。確かに価格は途方もなく高価だ。しかし、実用性と高級感を高度に両立させたこのモデルは、日本にしか作り得ない高級時計のひとつの完成形だろう。