Apple Watch一強のスマートウォッチ市場において、アクティビティユースに特化した機能を取りそろえることで支持を得てきたガーミン。そんな同社から、スマートウォッチの最高峰とも言える「MARQ CARBON EDITION」が発売された。同作をテクノロジージャーナリストの本田雅一が、実際に使用し、その魅力を語る。スマートウォッチ機能だけでなく、外装の質でもこのシリーズは間違いなくトップだ。
Text by Masakazu Honda
[2023年12月19日公開記事]
フューズド・カーボンケース(直径46mm)。稼働時間:スマートウォッチモード約16日間/バッテリー節約モード約21日間/GPSモード約42時間/マルチGNSSモード約32時間/マルチGNSSマルチバンドモード約28時間/マルチGNSS+音楽再生モード約10時間/バッテリー最長モード約75時間/Expeditionモード約14日間。100m防水。41万8000円(税込み)。
Apple Watch以上の高級感を実現したガーミン
2023年10月に発売されたMARQ CARBON EDITIONは、米ガーミン・ブランドのひとつのターニングポイントになるだろう。アスリート向けウォッチを突き詰めてきた彼らの技術、ノウハウが、もちろんこのウォッチに集約されている。
さらに高級ウォッチブランドとしての突き詰めたこだわり(それは見た目や質感だけではなく使用感としての)が、このシリーズを特別なものにしている。
世界で最も成功しているスマートウォッチがApple Watchであることは疑いようがないが、そんなアップルでもApple Watch Ultraをこのクラスにまで引き上げることができているとは言い難い(もちろん開発の方向、興味を持つオーディエンスのタイプが異なるが故に製品も違ってきているのだが)。
しかし、そんなことを考慮した上でもガーミンが成し遂げた仕事は特別なものだと言わざるを得ない。
妥協なきアスリート向けウォッチの追求がもたらしたブランド価値
ガーミンが、多様なスポールジャンルでアスリートの期待に応えていることは、今さら言及するまでもない。ガーミンの魅力は単に“GPSを内蔵したウォッチ”“スマートフォンと連携するウォッチ”“心拍センサーを備えるウォッチ”というだけではない。
それらの冠は機能を表現しているに過ぎないが、ガーミンのスポーツウォッチには、それぞれの競技に対し正面から取り組んできたストーリーがある。
世の中にはたくさんのランナーズウォッチがある。ではなぜガーミンを選びたいとランナーは考えるのか。なぜ数あるスポーツウォッチの中から、サイクリストはガーミンを選ぶのか。ゴルファーたちがこぞってガーミンを選ぶのはなぜなのか。
常にアスリートに寄り添ってきたガーミン故に、まだ世の中の技術が追いついていない時期には“一般向けではない”という烙印が押される場合もあった。バッテリー持続時間や屋外での視認性を重視したディスプレイは、Apple Watchなどが採用するOLEDに比べれば明らかに見劣りする。
屋外での視認性を重視したサイドライト付きの反射型カラーLCDは、ガーミンがアスリートに最大の価値を提供しようとする姿勢を最も表していたデバイスだが、一方でガーミンのウォッチを小さな市場に留める要素でもあった
しかしバッテリー容量の増加、システムとディスプレイの消費電力削減などの進化があって誕生したEpixシリーズは、高輝度のOLEDをディスプレイとして採用しながらも、数日間(最新モデルでは最長でおよそ2週間)のロングバッテリーライフを実現するに至った。
MARQ CARBON EDITIONの登場に先駆けて2023年5月に発表されたMARQの第2世代機。写真の「MARQ Golfer」のほか、航海機能を有する「MARQ Captain」、パイロット向けの「MARQ Aviator」など、計5モデルが展開される。Tiケース(直径46mm)。稼働時間:スマートウォッチモード約16日間/バッテリー節約モード約21日間/GPSモード約42時間/マルチGNSSモード約32時間/マルチGNSSマルチバンドモード約28時間/マルチGNSS+音楽再生モード約10時間/バッテリー最長モード約75時間/Expeditionモード約14日間。100m防水。33万円(税込)。
それまでアスリートに寄り添ったが故の妥協なき機能性、各競技ごとに最適化された連携デバイスとの接続やアプリでのサポートを反映した上で、ブランドウォッチとして展開できるだけの高品位なディスプレイを手に入れた。
そこで生まれたのが最上位の高級ラインであるMARQの第2世代モデルだった。
他のスマートウォッチにはない素材と体験
第2世代MARQは期待通り、Epixシリーズの良い部分を引き継ぎながら、高級モデルらしいケースやストラップを採用し、妥協なきアスリートウォッチ、あるいは航空機や船舶で使われるナビゲーション機材としてナンバーワンのノウハウとイメージを活かしたラインになった。
なったのだが、その登場から半年を待たずして投入されたMARQ CARBON EDITIONは「ここにこそ注力して欲しかった」というポイントにリソースが注ぎ込まれている。
フューズド・カーボンケース(直径46mm)。稼働時間:スマートウォッチモード約16日間/バッテリー節約モード約21日間/GPSモード約42時間/マルチGNSSモード約32時間/マルチGNSSマルチバンドモード約28時間/マルチGNSS+音楽再生モード約10時間/バッテリー最長モード約75時間/Expeditionモード約14日間。100m防水。46万2000円(税込み)。
第2世代のMARQはグレード5のチタン合金とセラミックスを組み合わせ、こちらも高い質感を引き出していたが、MARQ CARBON EDITIONのケースは難易度はより大幅に難易度が高い。
一部ではなく全体を130層のプリプレグ(カーボン素材のシート)で重ね、それを高い圧力でプレスしながら焼結。高温・高圧をかけるのは樹脂を可能な限りプリプレグから追い出すためで、これによりカーボン純度が高い極めて高強度かつ軽量な素材となるのは、同様の手法でF1向けパーツなどが作られていることからも想像できよう。
もちろん、純度の高いカーボン(樹脂比率が低いため“ドライ”カーボンと呼ばれる)であっても、その質はまちまちだが、MARQ CARBON EDITIONのケース素材はグレード5チタンよりも67.8%軽量だ。加えてチタンが比較的柔らかい素材なのに対し、MARQ CARBON EDITIONに使われるドライカーボンケースは鉄の10倍の強度を誇る。
ドライカーボンの採用は、他の高級ウォッチにもあるが、MARQが特別なのは高精度のGPS機能を備えるスマートウォッチだからだ。
炭素繊維は電導性が高いため、電波を遮断してしまう。MARQ CARBON EDITIONはベゼルからケースまで、プリプレグが積層された特徴的な模様が表出しているが、言い換えればこの1個1個異なるテクスチャが現れていない部分、すなわちディスプレイ部とベゼル周囲のわずかな隙間、裏蓋にしか電波が通る部分がない。
このうち裏蓋は電波を吸収する人体が塞いでいる。
GPS受信はもちろん、BluetoohやWi-Fiの電波を受送信する上でも大きな障害だが、例えばシャシーの大半がABSである筆者が愛用するFenix 6と比べてもGPS、Bluetooth、Wi-Fiの受信制度で劣るとは感じない。
8年の年月をかけて得られた価値
ガーミンは、このドライカーボンのケース(Fused Carbon Fiberと彼らは呼んでいる)とアンテナ技術を完成させるまで、実に8年の歳月をかけたそうだ。
どのようにしてそれを実現したかは語られていないが、カーボンケースでスマートウォッチが作れている、しかもGPS性能と制度では業界トップのガーミン品質で実現できていることは確かだ。
フューズド・カーボンケース(直径46mm)。稼働時間:スマートウォッチモード約16日間/バッテリー節約モード約21日間/GPSモード約42時間/マルチGNSSモード約32時間/マルチGNSSマルチバンドモード約28時間/マルチGNSS+音楽再生モード約10時間/バッテリー最長モード約75時間/Expeditionモード約14日間。100m防水。48万4000円(税込み)。
しかし、そこまでしてドライカーボンのケースを実現する意義はあるのだろうか?
第2世代のMARQとMARQ CARBON EDITIONの重量差は、モデルによって異なる(本体の意匠の違いやストラップの違いがあるため)が、カーボン素材にすることによる軽量化は10gに近いが、二桁gには満たないと言う程度だ。
しかし実際に使っていると、この差は小さくない。
通常の第2世代MARQに採用されているものよりも柔軟性を増したと言うジャガード織のナイロンストラップを採用するMARQ Commander CARBON EDITIONを半月ほど試用したが、チタンケースモデルとの装着感の違いは明らか。
常に装着し、寝る時にも装用してストレスがない(体内エネルギー残量の推定、トレーニングの怪我リスク推定精度を高めるために睡眠追跡機能はとても重要だ)。
スマートウォッチを装用したまま毎日寝るなんて、バッテリー持続時間からも現実的ではないと思っていたが、MARQ CARBON EDITIONはストレスないディスプレイ設定でも半月近い実稼働時間が得られている。
この製品を試用している間、サイクリングで200km、ランで50kmほどを走ってみたが、そこには8年の歳月をかけただけの価値は感じられた。
Commanderなどに搭載された特殊な機能を除き、第2世代MARQ、あるいはEpixと比べて大きな機能の違いがあるわけではない。しかし、長い年月をかけて実現したMARQ CARBON EDITIONのケースには、機能を超えた体験価値が讃えられていた。
もちろん、これだけのことでMARQ CARBON EDITIONの価格が肯定されるわけではない。しかしそれは、かつて独自のこだわりによって確立してきた既存ブランドの始まりにもあったことだろう。
ガーミンは多くの腕時計メーカーが苦戦していた、“エレクトロニクス製品としての独自性”を自社スマートウォッチに盛り込むことに成功しているのだ。
それは一朝一夕で実現したものではない。独自のソフトウェア、半導体プラットフォーム、ディスプレイとその制御、それにSuica決済にも対応するGarmin Payなど、求められる要素を全て自社開発でクリアした上で、新しい価値を築いてきたのだ。
腕時計のメーカーは、時を刻むという機能が同じであるにも関わらず、多様なブランド、製品が併存する世界観を築き上げてきた。ガーミンはそうした、過去の歴史を作り上げてきたブランドの仲間入りを果たそうと挑戦を続けている。
Contact info: ガーミンジャパン Tel.0570-049530
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