モンブラン初のダイバーズウォッチ、「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」を実機レビュー。最大の特徴は、モンブラン山脈の氷河、メール・ド・グラースをモチーフとしたグレイシャーダイアルだ。微調整機構を備えたブレスレットや300mもの防水性など、日常使いに便利な機能を備えている。
Text and Photographs by Tsubasa Nojima
[2024年3月5日公開記事]
モンブラン初のダイバーズウォッチ
高級筆記具ブランドとして名をはせるモンブラン。キャップトップにブランドシンボルの白い雪のエンブレムを冠した万年筆は、多くのビジネスマンにとって憧れの的だ。そんな同社が本格的に時計業界へ参入したのは、1997年のこと。2006年にはクロノグラフの名門として知られるミネルバを傘下に収め、その技術と伝統を今に受け継いでいる。
今回レビューを行うのは、「モンブラン アイスシー」コレクションに属する「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」だ。22年に同社初のダイバーズウォッチとしてブルー、ブラック、グリーンダイアルのモデルが発表され、その翌年にグレーダイアルモデルが追加された。ダイバーズウォッチは、老舗から新興まで数多くのブランドが手掛ける人気ジャンルだ。モンブランは、いかなる打ち手を持ってこのジャンルに挑んだのだろうか。
今回レビューを行った「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」。コレクション名の“1858”は、ミネルバの創業年にちなんだものだ。自動巻き(Cal.MB 24.17)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径41mm、厚さ12.9mm)。300m防水。48万9500円(税込み)。
雄大な氷河を想起させる“グレイシャーダイアル”
本作の一番の特徴は、グレイシャーダイアルと名付けられた個性的なダイアルだろう。この不規則なパターンは、モンブラン山脈最大の氷河のひとつである、メール・ド・グラースの氷をモチーフとしたものだ。氷河とは、地面に降り積もった雪が積み重なり、やがて氷となって流動するようになったものである。その中には堆積するまでの間に取り込まれた無数の鉱物などが含まれており、それらに光が差したとき、氷河はグレーに輝く。その様子を巧みに表現したダイアルには、悠久の時の流れが作り出す自然の神秘が込められているのだ。
このパターンは、ベースとなる金属製のプレートに対し、木の棒を用いて傷を付けていく、グラッテ・ボワゼという古典的な技法で施されたものだ。これによってダイアル上には、はっきりとした深い線と繊細な薄い線が混在し、まるで自然が育んできた本物の氷河のような質感が与えられている。
インデックスは、金属製の枠に蓄光塗料を充填した、ダイバーズウォッチらしい十分な大きさを持ったものだ。6,9,12時位置にはアラビア数字、その他はスクエア型を採用するが、3時位置にはインデックスがない。筆者の理解が正しければ、ダイバーズウォッチを規定するISO 6425を満たすにあたっては、3時位置にも蓄光塗料を施したインデックスが必要なはずだ。
時分針はどちらもバトン型を採用するが、それぞれ明確に長さが異なっているため、読み違えることはないだろう。蓄光塗料の塗布面積も広く、はっきりと視認することができる。秒針には、蓄光塗料付きの三角形のポインターが配されている。先端がミニッツサークルまで届いているため、秒数まで難なく読み取ることが可能だ。
1周60クリックの逆回転防止ベゼルは、ブラックのセラミックス製。ホワイトのスケールは1分単位できっちりと配されており、経過時間を正確に確認することができる。サイドの滑り止めによって、狙った位置にズレなく設定することが可能だ。特筆するほどの回し心地ではないが、明快なクリック感と、道具として信頼できる剛性感を備えている。
ほのかな上品さをまとったケースデザイン
ラウンド型のケースに逆回転防止ベゼル、3連タイプのブレスレットと、本作はダイバーズウォッチとしてオーソドックスな構成を持つ。しかしそのディティールに目を移すと、過度なスポーティさを抑え、上品さを漂わせる要素がちりばめられていることが分かる。
ケースにはリュウズガードがなく、ラグは先端に向けて絞った形状を持つため、全体のラインはすっきりとしている。傷の目立ちにくいサテン仕上げを主体としているが、ラグの稜線には面取りが施されている。これによってケースの輪郭がはっきりと浮かび上がり、立体感のある見た目に仕上げられている。
一方で、ケースサイドは平面を主体としており、そのボリューム感を存分に味わうことが可能だ。ミドルケースの直径41mmに対し、ベゼルの直径は実測で42mm。わずかにせり出したベゼルが、ベゼルの操作性向上に寄与しているのだろう。
ねじ込み式のリュウズのトップには、ブランドエンブレムが刻まれている。十分な直径が確保されているため指でつまみやすく、各操作をスムーズに行うことが可能だ。ねじ込みを解除したポジションで主ゼンマイの巻上げ、1段引きで日付の早送り、2段引きで時刻調整をすることができる。ムーブメントはセリタのCal.SW200をベースとしており、感触もほぼそのままだ。機械式ムーブメントに触れたことのある方ならば、取り扱い上で特に困るようなこともないだろう。
ケースバックは、6本の小さなネジによってミドルケースに固定されている。スクエア型ならさておき、ラウンド型ケースのダイバーズウォッチでは、スクリューバックを採用するのが一般的だ。本作があえてその定石に反したのは、ケースバックを一定の角度で固定するためだろう。一部の特殊な構造を持つモデルを除き、スクリューバックでは、ミドルケースとケースバックのネジの切り方やパッキンの状態によって、ねじ込んだ際のケースバックの角度に個体差が生じる。
本作のケースバックに刻まれているのは、巨大な氷山とその近くを探索するダイバーの姿だ。“氷山の一角”という言葉があるように、氷山のほとんどは水中に隠れ、一部のみが水面から顔を出している。このエングレービングは、金属を構造化するレーザーを照射した後に、マットとポリッシュに磨き分けることで仕上げられている。ここまで手の込んだ造形だ。刻印の角度を真っすぐにしたいという思いにもうなずける。
インターチェンジャブル&微調整機構付きのブレスレット
本作を語るにあたって見逃せないのが、ステンレススティール製のブレスレットだ。インターチェンジャブルシステムと微調整機構を搭載した、現行機としてもリッチな仕様を持つ。
本作のインターチェンジャブルシステムは、弓カン裏面のレバーを引くことによってバネ棒が縮み、ワンタッチでブレスレットとケースを分離できるという仕組みだ。レバー操作にはある程度の力が必要になるため、不意にブレスレットが外れてしまうということもないだろう。ケース側は特殊な構造ではないため、汎用のストラップを装着することも可能だ。
微調整機構は、バックルの内側に備わっている。こちらにもレバーがあり、押し下げることによって、サッと手首回りのサイズを調整することができる。体調や季節の変化に合わせて調整すれば、より快適に使用することができるだろう。
ブレスレットの構造は、可動域と頑強さを両立させる3連タイプ。基本はサテン仕上げだが、中央のコマのみ、両サイドにポリッシュ仕上げのパーツを組み合わせ、ドレッシーな雰囲気にまとめている。ポリッシュ仕上げのブレスレットは、擦り傷によって曇りがちだが、この程度のポイント使いであれば、あまり気にする必要もないだろう。
上品な印象をさらに強調しているのが、バックルに向かってかけられたテーパーだ。ラグ幅は20mmに対しバックル部の幅は16mmと、その差は4mm。きついテーパーは、ドレスウォッチに多く見られる特徴であるが、ダイバーズウォッチではあまり見かけない。ここは、他社のダイバーズウォッチとの差別化ポイントであるのだろう。
手首に着けて表情の変化を楽しむ
実際に装着してみる。手首回り約16.5cmの筆者にとって、本作は違和感なく使用できるサイズだ。しかし、ボリュームのあるケースとコンパクトなバックルの組み合わせが、うまく重量バランスを取れていないのか、装着感は今一歩と感じた。微調整機構によって手首回りをタイトにすればフィット感は高まるが、代わりに鉄板をぐるりと巻いているような窮屈さを感じた。
一方で、ダイアルの存在感は抜群だ。日の光を浴びるとまぶしいほどの輝きを放ち、薄暗い場所ではわずかな光を捉えて神秘的な表情を見せる。グレーのみの一色ではぼやけた印象になっていたかもしれないが、ダイアルを囲むブラックのセラミックス製ベゼルによって、キリッと引き締められている。
視認性はあまり高くない。明るい場所ではダイアルが不規則に輝き、インデックスを埋没させてしまうからだ。この辺りは、グレイシャーパターンとのトレードオフの関係にある。反対に暗所では蓄光塗料がよく光り、ダイバーズウォッチらしい優れた視認性を発揮する。
抜群の個性を放つダイバーズウォッチ
機能が形態を規定するならば、厳密な規格が定められたダイバーズウォッチは、自ずと似たような外観を持つようになるはずだ。しかし、だからといって他社と同じようなデザインのモデルを出すわけにはいかない。現代の腕時計は、単に時刻を確認するための道具ではなく、ファッションや自己表現のアイテムでもあるからだ。
その点で本作からは、多少の実用性と引き換えにしてもブランドの世界観を盛り込もうという強い意志を感じる。プレーンなダイアルであれば視認性はもっと高かっただろうし、ブレスレットに強いテーパーをかけなければ、着用時のバランスはもっと良かっただろう。しかし、お手本をなぞることが常に正解だとは限らない。質の高い時計にあふれた現代だからこそ、振り切った個性を持つ本作のような時計の存在が輝くというものではないだろうか。
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