レイモンド・ウェイルの「ミレジム」を実機レビューする。本作は、GPHG2023(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)のチャレンジ部門賞を受賞したモデルだ。新旧の要素が共存したネオ・ヴィンテージというコンセプトを掲げつつ、着用感と視認性にも優れた実力派である。
Text and Photographs by Tsubasa Nojima
[2024年4月13日公開記事]
GPHG2023のチャレンジウォッチ部門を制した注目作
今から半世紀近く前の1976年に誕生し、現在に至るまで独立を守り続ける時計ブランド、それがレイモンド・ウェイルだ。創業者は、時計職人であったレイモンド・ウェイル。彼はクォーツ革命の真っ只中、機械式時計の火を絶やすまいと、自身の名を冠したブランドを立ち上げたのだ。同社の時計は、現在では90カ国3,000以上の店舗で販売され、その高い品質と手の届きやすい価格帯によって親しまれている。
世界的なミュージシャンとのコラボレーションモデルを発表するなど、独自色を出した展開も特徴であったが、少なくとも筆者は、機械式時計のボリュームゾーンでもあるミドルレンジにおいて、日本国内では突出した存在感を示すには至っていなかったと認識している。ただしそれも過去の話。2023年のGPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)において、同社の新作「ミレジム」がチャレンジウォッチ部門賞を獲得。レイモンド・ウェイルというブランドに対し、これまで以上の注目が集まることとなった。
なおミレジムは、フランス語で“ヴィンテージ”を意味する言葉である。その名の通り、全体のデザインは1930年代の腕時計に範を取ったものであり、セクターダイアル、こんもりとした風防、シリンダー型ケースなどの古典的な要素を特徴としている。しかし、ミレジムは単なるヴィンテージデザインの時計というだけではない。新旧の優れた部分を取り入れた、“ネオ・ヴィンテージ”が本作のコンセプトなのだ。
今回は、幸運にもそんな話題作に触れる機会をいただいた。GPHGの部門賞を獲得した本作の実力はいかなるものか、早速実機を見ていこうではないか。
今回のレビュー対象である「ミレジム」。クラシカルなデザインながら、現代的なサイズのケースやサテン仕上げのベゼルが、モダンな印象を与えている。自動巻き(Cal.RW4251)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(直径39.5mm、厚さ10.25mm)。5気圧防水。34万1000円(税込み)。
表情豊かなセクターダイアル
一見してシンプルなダイアルは、実は多くの要素が重なり合って構成されている。デザインのベースは、1930年代を象徴するセクターダイアルだ。各表示が区切られ幾何学的に配置されたアールデコ様式のダイアルは、ヴィンテージウォッチコレクターからも支持を集めるデザインである。
本作では、分割されたセクションごとに異なる表情を与え、立体感を出している。シルバーカラーの中央部には、わずかに縦方向の筋目が施され、中央にクロスが刻まれている。インデックスが並ぶセクションとスモールセコンドはマット仕上げ、そしてその外側は、レコード状の溝が刻まれた仕上げになっている。
このダイアルは、セクションによって色味や仕上げが違うだけではない。それぞれの高さを変えることによって、立体感を出しているのだ。スモールセコンド、中央、インデックスのサークルにかけて徐々に高さを増し、一番外側では、外周に向かって低くなるように傾斜が設けられている。パッと見ただけではそのことに気付かないが、本作に間延びした印象が全くないのは、その立体感によるものだろう。
時分針はカウンターウェイトを持たず、先端に向けて鋭くとがった形状を与えられている。表面には強めのサテン仕上げが施されている。針自体が少し黒っぽく見えるが、着色されているというよりは、恐らくヘアラインに当たった光が乱反射しているのだろう。いずれにしてもダイアルとのコントラストが際立ち、視認性が高い。それぞれの針の先端は、しっかりとサークルの外周に届き、セクターダイアルの整然としたデザインを強調している。
バータイプのインデックスは、表面がわずかにざらついている。これは、スーパールミノバが塗布されているためだろう。ここに、クラシカルなデザインに実用性を忍ばせる工夫が垣間見える。6時位置のスモールセコンドには、丁寧に60個の目盛りが配され、正確に時刻を把握することが可能だ。“Automatic”の表記や数字のフォントも、ダイアルの雰囲気に合っている。
ダイアルを覆っているのは、ボックス型のサファイアクリスタルだ。かつてのプラスチック風防をほうふつとさせるデザインは、ヴィンテージ調のダイアルにもマッチする。
シャープな仕上がりの古典的なデザインのケース
ケースは、4本のラグが伸びたシリンダー型。ラグは下方に湾曲しており、先端は丸みを帯びている。クラシカルなデザインだが、過度にそのことを感じさせないのは、シャープな造形によるものだろう。各部のエッジがはっきりと切り立っていることに加え、ベゼルとケースサイドに与えられたサテン仕上げが、全体の輪郭をはっきりとさせている。ラグの上面やベゼルのサイドはポリッシュ仕上げだが、映りこんだ像に大きな歪みはなく、丁寧に磨きこまれていることが分かる。
リュウズは、実測で直径6.5mm。まるで手巻き式時計のような大きさだが、これによって優れた操作性と、ダイアルのデザインにふさわしいヴィンテージ感をもたらしている。
ケースバックはシースルー仕様だ。搭載されたムーブメント、Cal.RW4251を鑑賞することができる。ベースムーブメントは、セリタ社のCal.SW261-1。パワーリザーブは約38時間であり、現代のロングパワーリザーブ化の流れを考慮すると、少々の物足りなさは否めない。ただしその反面、汎用ムーブメントとして熟成された信頼性は、長年の愛用に対する不安を払拭してくれることだろう。
ストラップは、厚みがありながらもしなやかなカーフレザー製である。ライトグレーのカラーは、カッチリとした本作のダイアルに若干のカジュアルテイストを添えてくれる。剣先にはブランドのイニシャルであるW型のステッチが施され、ブランド名を配した、ポリッシュ仕上げのピンバックルが装着されている。
着用感も視認性も◎
肉厚な見た目に反して柔らかいストラップは、腕上での肌馴染みの良さを発揮する。ラグは長めであるものの、手首回り約16.5cmの筆者でも全く違和感がない。これは、ラグが下方に湾曲していることが大きいだろう。ケースとストラップの隙間はほとんどなく、詰まった印象があることも、見た目のまとまりの良さに寄与しているはずだ。ラグの長いモデルでは、ケースとストラップの隙間が空いてしまい、そこから肌がのぞいてしまうと間の抜けた印象になってしまうことがある。着用していて気付いたのは、サテン仕上げのベゼルがもたらす効果だ。光を受けることでベゼルの輪郭が浮かび上がり、本作の特徴である立体的なセクターダイアルを強調してくれる。
視認性も申し分ない。シルバーダイアルとブラックのインデックスの組み合わせが高いコントラストを生んでくれる。インデックスが並ぶサークルがマット仕上げであることも要素として大きいだろう。針が目盛りまで確実に届いているため、判読性にも優れている。ただし、暗所での視認性は大きく期待できるほどではない。時分針のスーパールミノバは強く輝くが、インデックスの方は光り方が弱く、少し薄暗い程度の場所では、あまり効果を得られなかった。
ネオ・ヴィンテージ
ミレジムのコンセプトであるネオ・ヴィンテージ。ブランドの説明によると、“古典的なディティールに、現代の技術・素材・トレンドを交えるレイモンド・ウェイル独自の解釈を加えた”ものをネオ・ヴィンテージウォッチと位置付けているようだ。
過去のデザインを現代的に再現するとは、まるで復刻モデルと同じではないかと思える。ただ、レイモンド・ウェイルのネオ・ヴィンテージと復刻モデルの間には、大きな違いがある。復刻モデルには、復刻の対象となるモデルが明確に存在しているが、ネオ・ヴィンテージにはそれがないという点だ。
ゆえに過去の特定のモデルの特徴に過度に引っ張られることなく、自由な発想でデザインを作り上げることができる。我々消費者にとっても、その陰にオリジナルの亡霊がちらつくこともない。制約がないからこそデザインに無理や不自然さがなく、凝ったディティールのダイアルやシャープなケースに純粋な感動を覚えられるというものだろう。
現在、レイモンド・ウェイルの取り扱い店舗は、日本国内で50を超える。GPHG2023チャレンジ部門受賞を機に注目を集めたミレジムも、当初こそ品薄が続いていたが、徐々に入荷が追い付いてきているようだ。気になっていた方は、実機を見に行ってみてはいかがだろうか。今回レビューしたシルバーダイアル以外にも、さまざまなカラーバリエーションが用意されており、センターセコンド仕様のモデルもラインナップしている。世界に認められた実力を体感し、レイモンド・ウェイルの世界に触れてみよう。
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