GPSナビから生まれたスマートウォッチ「ガーミン」本社へ取材で分かった“本当の姿”

ガーミンというと、日本ではスマートウォッチのメーカーだというイメージが強い。だが、実はスマートウォッチは、ガーミンが持つ世界最高峰の技術力から生まれる多彩な製品のひとつに過ぎない。そのコア技術が、GPS(グローバル・ポジショニング・システム)だ。去る5月中旬、米国カンザス州のオレイサにある本社を取材して分かった、ガーミンの“本当の姿”をご紹介しよう。

ガーミン

渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
All photographs ©Yasuhito Shibuya 2024
[2024年6月24日公開記事]


スマートフォンではなく、GPSデバイスが技術的背景!

 ガーミンとその他のスマートウォッチのいちばんの違い。それは何だろうか? それは技術的な背景の違いだ。いまのスマートウォッチのメーカーは、ほとんどがスマートフォンとその技術をルーツ、技術的背景にして、スマートウォッチの分野に進出している。例えば、アップルのApple Watchは、iPhoneとセットで使う、その機能を補完拡張するウェアラブルデバイスとして誕生し、発展してきた。グーグルもサムスンもファーウェイもシャオミも、スマートフォンを製品として展開。その次にスマートウォッチを開発し、発売している。

 だが、ガーミンは現在、スマートフォンを発売していない。スマートフォンではなく、航空用、船舶用の安全な運行に欠かせないGPS機器や通信機器、山やジャングルや荒野、砂漠など、世界のどんな場所でも自分の現在位置が正確に把握できるポータブルGPS機器がその背景にある。それは本社工場を訪れて分かった。

プレゼンテーションするガーミン社長兼CEOのクリフ・ペンブル氏。今回の取材は会社創立35周年を記念して実現した。

 本社とその周辺にある施設では、さまざまな製品の開発が行われていて、その現場を取材した。中でも最も印象的だったのが統合アビオニクス、つまり航空電子機器部門で開発されている携帯型航空電子機器、通信機器、トランスポンダ、ナビゲーション機器、オートパイロット機器、機体搭載型気象レーダーとそのソフトウェアの開発現場だ。

航空電子機器部門には、機器の機能をチェックするためのフライトシミュレーターもある。

 統合アビオニクスと言われてもよく分からないかもしれない。簡単に言えば、飛行機に搭載されている、操縦のためにコックピットに搭載されている計器一式のことだ。そして、この統合アビオニクスの中でもいちばん有名なのが、ガーミン初の航空機搭載型統合アビオニクス、ホンダが作ったビジネスジェット機、ホンダジェットに搭載された「Garmin G3000®」だ。

 それまでに小型飛行機のコックピットに搭載されていた機器は統合されておらず、ひとつひとつバラバラに設置するものだった。だが1999年にホンダと共同開発が始まったG3000®では、飛行計器、オートパイロット、航法、通信、気象レーダー、機体システム等の表示や操作がひとつのディスプレイ(PFD)に計器の情報が集約されていて、パイロットの操縦負荷が劇的に改善された。そして今、小型機ではこうしたシステムが標準になっている。

 そしてガーミンはこの統合アビオニクスで、空の世界に画期的な安全装置を開発・導入することに成功した。それが着陸支援装置の「Smart Glide(スマートグライド)」と、自動着陸装置「AUTOLAND(オートランド)」だ。

ガーミンはオレイサ近郊の飛行場に格納庫を持ち、実際のフライトで機能を検証しながら航空機器の開発を行っている。これはガーミンが所有するセスナ182。この計器類はすべてガーミン製。なお、この機には同社が開発した画期的なパイロットの支援装備「Smart Glide」が搭載されていた。

「Smart Glide」はフライト中にパイロットが体調不良などで操縦に支障を感じた場合に、赤いボタンを押すと、天候、現在地からの距離、地形、滑走路の種類など、さまざまな条件に基づいて、着陸に適した近隣の空港に航空機を誘導してくれるシステムである。

 加えてガーミンは、それをさらに進化させた画期的な小型機用の自動着陸装置「Garmin Autoland」も開発・実用化した。これは統合アビオニクスシステムG1000® NXiとG3000®を搭載した飛行機で利用可能だ。こちらはパイロットが操縦不能になったとき、そのことを自動で検知して、また乗客がボタンを押すことで起動するものである。その飛行機や近隣の飛行場のデータに基づいて、最も近くにある着陸可能な飛行場を選択。その管制システムと乗客に、緊急事態と今後予定している対応を告知して、着陸まで自動的に行ってくれるという素晴らしいものだ。


GPS機器のパイオニアとして

 そもそも、ガーミンは、この技術を活用するための製品を作る会社として創業した。つまりガーミンのスマートウォッチは、まず腕時計として企画されたものではなく、GPSを利用する「ウェアラブルデバイス」として位置付け、開発発売されたものなのだ。ガーミン最初のスマートウォッチである2003年の「Forerunner(フォアランナー)201」はそのデザインから一目瞭然だが、腕時計というより、GPSでランナーがランニングの軌跡を計測、記録するために作られたウェアラブルデバイスだった。

これが2003年にガーミンが発売した初の“GPSスマートウォッチ”「Forerunner 201」。見ての通り、腕時計というよりも腕に着けるGPSデバイスだ。

 そしてガーミンは創業時から、地球上のあらゆる場所を正確に定義することでさまざまなことを可能にするこのシステムの歴史と深い関わりがある。何しろガーミンの創業者のふたり、ゲリー・バレル(Gary Burrell)と高民環(Min H. Kao、ミン・H・カオ)は、このシステムの開発に関与した技術者だったからだ。なかでも現会長の高民環は、「NAVSTAR(ナブスター)」と呼ばれていた最初のGPSシステムの開発を直接担当した人物である。

 ガーミン(Garmin)という社名は、「Gary」と「Min」というふたりの名前を組み合わせたもので、ふたりがこのGPS技術をコアにした製品を開発しようと1989年に創業し、展開し、発展してきた会社だ。このことはスマートウォッチ発売前のガーミンの製品を振り返ってみれば分かる。1989年に設立された同社の最初の製品は、1991年に発売された船舶用のナビゲーションシステムだったし、次の製品は航空機用のインパネ搭載型のGPSレシーバーだった。

 そしてもうひとつ、初期の製品として有名なのが、1990年代初めに登場した、自分の現在位置が精密・正確にわかる携帯型GPSレシーバー(ナビゲーション)だ。これをきっかけにガーミンの名は世界中に知られることになる。筆者もガーミンの名前を初めて知ったのは、この携帯型GPSレシーバーだった。

 ガーミン公式ウェブサイト(ストア)で、スマートウォッチの主力製品をチェックした方は、製品名の上、製品ジャンルに「GPSウォッチ」という文字があるのに気付いただろうか? これは、ガーミンのスマートウォッチの歴史と、GPS技術への強い自負心を反映したものだと考えていいだろう。


スマートウォッチは総売上高の約1/4!

 ガーミンの2023年の総売上高52億2825万USドルは、2023年の平均為替レート、1USドル=134.19円で計算すると7015億7886万7500円。2024年6月22日時点の為替レート、1USドル=159.78円で計算すると8353億6978万5000円。この本社で企画・開発・設計が行われているスマートウォッチを中心にした「フィットネス事業部門」の売り上げは、その24.82%。一方、アウトドア関連は26.5%、マリーン関連が23.65%、航空関連が15.7%、自動車(OEM=相手先ブランドでのビジネス)関連が9.33%となっている。つまりスマートウォッチ事業は、会社の総売上高の約1/4を占めていることになる。そして、この事業部門を立ち上げてここまで成長させた立役者が、創業当時からの叩き上げであり、現社長のクリフ・ペンブル氏だ。

 ここまで、ガーミンがどのような企業で、そのスマートウォッチがどのような背景から生まれたものなのかを解説した。次回以降の記事では、米国本社の現場レポートを交えて、ガーミンという企業の魅力と、そのスマートウォッチの特長にフォーカスしてお伝えしたい。

製品の企画開発部門だけでなく、ガーミン本社にはグラウンド、トレーニングジムなど、従業員のための最新の設備が整っている。


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