今回テストしたのは、レイモンド ウェイルの「マエストロ」。ムーンフェイズ機能付きのオープンワークダイアルを備えており、12時位置の小窓により、常にテンプの鼓動が目に入る自動巻きドレスウォッチだ。スイスメイドを標榜した、今では数少ない家族経営がベースの独立系ウォッチメゾンの製品を、1週間程度の実使用でどのように感じたか?
Photographs & Text by Shun Horiuchi
[2024年12月22日公開記事]
レイモンド ウェイルの成り立ちと概要
レイモンド ウェイルは、クォーツショック(同社ウェブサイトより)のさなか1976年に誕生した会社であり、現在も創業者一族が経営するという、コンセプトが明快な時計製造会社である。そのコンセプトとは、筆者なりの意訳を加えると「いにしえからのスイス時計産業の伝統を守る方法によってスイスメイドの時計を作り、販売する」ということである。
「スイスの時計産業の伝統」を守るということ
クォーツショックとはスイス時計産業側から見た表記であると認識しており、逆に日本国内から見ればクォーツウォッチが世界を席巻し、スイスなどの機械式時計産業の在り方を変えたという意味で「クォーツレボリューションまたはクォーツ革命」であるが、本稿はレイモンド ウェイルのインプレッションであるため、この表現をそのまま記載する。
ブランドネームは創業者の名前そのもので、以降ファミリービジネスとしてブランドを拡大しつつ、独立を保ち続けている。
筆者が共感するのは、特に「スイスの時計産業の伝統」の部分である。1990年代の機械式時計の復興以降、「自社一貫生産、特にムーブメントが汎用品ではないマニュファクチュール」が他ブランドとの差別化のトレンドとなり、時計産業は巨大資本グループによる垂直統合が進む。今では多くのブランドがそれらのグループに所属しているのは読者の諸兄はよくご存じだろう。しかしそのようなブランド群も、戦前から戦後のある時期までは、ジュウ渓谷に点在するあまたあるパーツメーカーやムーブメントメーカーらの、各社が手掛けたパーツを取りまとめてひとつの製品に作り上げるという時計メーカーであったはずで、これこそがスイスの重層的な時計産業構造であった。例えば今もクルマメーカーはそのような産業構造であり、それぞれの機能部品に求められる機能・性能が極めて先鋭化されていることなどから、このような産業構造をとらざるを得ないと認識しているが、クルマなどと比べれば圧倒的に少ないパーツで組み上がる時計は、垂直統合が比較的容易であり、「自社一貫生産すなわちマニュファクチュール」という魔法の言葉に「高級時計はこうあるべき」というイメージを重ねるよう、各ブランドは広報してきた。端的に言えば、他社との差別化戦略としてこういう姿勢を積極的に広報してきたわけである。ところがレイモンド ウェイルはこの方法を志向していない。
クォーツショックさなかでの創業
また同社の創業が1976年ということもポイントだ。1970年代中頃と言えばまさに、スイス側から見ればクォーツショックが時計産業全体を席巻しているさなかであった。伝統的なスイスメイドウォッチのためには不可欠だったパーツサプライヤーは、生き残ったものもあれど、廃業に追い込まれたものも多かった。レイモンド ウェイルは、そのようなサプライヤー群の中で信頼でき、同社が求める品質を保ったパーツサプライヤーからパーツを求め、時計という製品にするという、いにしえからのスイス時計メーカー然としたスタイルで、時計のデザイナーでありコンダクターという位置付けで創業したのである。すなわちサプライヤーの保護・発展とともに、時計の産業構造そのものも保全するという健全な意思を強く感じ、この姿勢を非常に好ましく思った。むしろこの時期にあえて創業したというのは、冷静に考えれば正気の沙汰ではない。
リーズナブルなプライスで実現した時計にその思想は反映されているか
「マエストロ」は音楽に親和性の高いレイモンド ウェイルが2010年に発表したシリーズで、クラシック音楽の世界と、偉大な人物、作曲家、指揮者が持つ尊敬の念を称えるもの、とされている。自動巻き(Cal.RW4280)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径39.5mm、厚さ9.2mm)。5気圧防水。27万5000円(税込み)。
掲題のように、本作はリーズナブルなプライスで販売されている時計だ。では、同社の「いにしえからのスイス時計産業の伝統を守る」という思想は反映されているか? 結論から言うと「YES」である。
日本円で30万円アンダーの販売価格を実現する
レイモンド ウェイルは時計を設計し、パーツメーカーに発注する。そこには強固な信頼関係があることは疑いようがない。とはいえパーツメーカーも、そしてもちろんレイモンド ウェイルも、適正な利潤がない限り存続しえない。これらをコントロールするのはもちろんレイモンド ウェイル社であるが、日本円で30万円アンダーの時計を、どのような単価のパーツを組み合わせて実現するのか、といったところには価格が事実上青天井だった時代の超高級ブランドとは全く異なる苦労やノウハウがあるはずだ。価格でキャップされれば、あとはどこにどれだけのコストをかけるかというポートフォリオの話になる。一方で時計というひとつの製品になった時に適正なバランスが取れているか、ということも極めて重要である。よって個別のパーツのクォリティーなどに鑑みると、どういう思想でこの時計をデザインしたのか、ということが透けて見えてくる。価格キャップの時計はこういうところが特にメーカーの腕の見せ所であるのだ。
その点、垂直統合されたマニュファクチュールは上意下達のマネジメントが相対的には容易に実現できるのに対して、レイモンド ウェイルはパーツサプライヤー群と連綿たる関係性の上に成り立つバランスを保持しつつ製品としてもバランスを取りながら、やりたいことを実現するわけだ。こうしてできたのが「マエストロ」であり「ミレジム」である。
ディテールを見ると、レイモンド ウェイルの“腕前”が見えてくる
それではこの時計の詳細なディテールを見ていこう。
直径は39.5mm、厚さは9.2mmのステンレススティール製ケースを持つラウンドの時計である。センターセコンドでムーンフェイズ機能を持ち、12時位置に配された振動するテンプを目視可能なウィンドウが目を引く。このレイアウトを可能としたのが、心臓部のムーブメントCal.RW4280である。これは事実上セリタのCal.200系すなわちETA2824代替機に月相機能を付加したものであろう。自動巻きのローターもセリタの標準であり、これをレイモンド ウェイルのオリジナルにすることにはコストをかけていないわけだ。
では重点的にコストをかけているのはどこか。それはおそらく針と文字盤である。センターセコンド針は細くて伸びやかだし、控えめなブレゲ針も先端こそ曲げてはいないものの繊細な出来である。ミニッツハンドの先端は秒インデックスの内端にジャストで届き、セコンド針は秒インデックスの外端にジャストという文法を守っている。青焼きではないと思われるがその色調は、文字盤上のローマンインデックスによく調和しており、推測するにこのイメージをストラップの濃紺に重ねている。ムーンディスクの夜空にもマッチしており、おそらく異なるサプライヤーに発注しているこれらの色調やサイズなど、コーディネートが完璧である。すなわちレイモンド ウェイルは、やはり優秀なコンダクター(指揮者)なのだ。
シルバー文字盤は外側が細かい同心円で、内側がクル・ド・パリのギヨシェである。電鋳かプレスかは定かではないが、プレスだとしても相応にシャープな出来ということだ。価格に鑑みるとおそらくプレスではないかと想像する。ムーンフェイズの下半分は精緻な同心円で、ややファンシーな“Automatic”のフォントが軽やかだ。ブランド銘の下には“GENEVE”、文字盤下には“SWISS MADE”と生粋のスイスメイドであることを主張する表記があり、ブランドアイデンティティーを体現している。12時位置のオープンワークを見ると、その窓の断面はシャープであり、かつ右下部分のポリッシュされたフレームが良いアクセントになっている。この部分のポリッシュは文字盤において極めて重要であり、「ブラックポリッシュ」と言って良いほどの出来である。
ステンレススティール製ケースはベゼルに一段のアクセントがあるデザインで、ケースの横はやや膨らみがある。ラグは比較的短めで、10mmを切るケースの厚さとよくバランスしている。仕上げは全てポリッシュで、稜線なども目立つものではない。サテンなど手間のかかる仕上げの部分はなく、またバキバキに仕上げるようなことはしていないが、その控えめな仕上げによって、むしろ文字盤や針などに意識が向くような効果すら感じさせる。サファイアクリスタルの風防はフラットであり、時計の薄さを引き立てる方向性だ。ケースバックもフラットなサファイアクリスタル製で、ローターの動きなどを見ることができる。
フォールディングバックルも特筆すべき点
ハイライトのひとつはフォールディングバックルであろう。ストラップに穴がなく、無段階で長さを固定することができるため、穴から劣化することの多いストラップの長寿命化が期待できるとともに、快適な装着感も期待できる。
ただし筆者は15cmの細腕のため、ストラップの長剣側の先端がケース内端に到達するほど巻かなくてはならず、結果的にバックルの位置がかなり手首のセンターからずれて必ずしも快適とは言えなかった。17cm程度の標準的な手首回り以上であれば、おそらく快適に装着できると思われる。このフォールディングバックルは“RW”の刻印も目立って重厚感あるもので、しっかりとポリッシュされており、品質は相対的に高い。
ストラップそのものは、コスト面の制約からか流石にエキゾチックレザーは使えずカーフの型押しである。ただしステッチが白でそちらに目がいきがちなため、型押し然としておらず高級感すら感じさせ、処理が上手いと感じた。前述した通り色は濃紺で針、ムーンディスク、インデックスの色と統一感がある。ただし筆者は着用している“革もの”の色は統一したく、黒または茶の方がベルトや靴と合わせる都合上、個人的にはコーディネートしやすいと感じた。
装着感と操作感への所感
装着感そのものについては前述の通りストラップの長さが合わず快適とは言い難かったが、それは個人的な理由のため標準以上の手首の方であれば気にする必要はない。細腕の諸兄にとっては、特に短剣を1cm程度短いものに変えるとだいぶ印象が変わると思われる。
ムーンディスクについては、リュウズ一段引きの状態で反時計回りに操作(逆回転)することで早送り可能だ。リュウズの意匠はゴツく、巻真を回す抵抗が比較的大きいため、何回転も回すのは少々指が痛くなるものの、時間合わせ・ムーンディスク調整程度では十分に許容範囲だ。
時計の精度について記しておくと、受け取った当初この個体はマイナス1〜2秒/日を示したが、すぐに+10秒/日程度で安定した。十分に許容範囲だろう。
価格と品質のバランスに、堀内も納得!
レイモンド ウェイルの「マエストロ」をインプレッションした。高賃金が続くスイスの地で、メーカー創業時の理念を守り続けているレイモンド ウェイルの姿勢は賞賛に値する。コストの制約から作りたい時計をサプライヤーの協力を得ながらここまで高バランスの製品としてまとめ上げ、世に出している手腕はさすがだと感じた。ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ2023(GPHG2023)のチャレンジ賞でグランプリを獲得した「ミレジム」のヒットなど、上昇気流にあるレイモンド ウェイルの時計は、今後もますます目が離せない。