Cal.A1000系
2008年のバーゼルワールドで、会場を行き交う大勢の人々が興味津々といった様子で眺め入っていた展示物がある。カール F. ブヘラが満を持して発表した初の自社ムーブメント、キャリバーCFB A1000である。未来的な感覚が漂う斬新なデザインや異例の自動巻き機構が人々の目を引きつけ、時計を熟知した専門家でさえも、その革新的な設計に驚いたものだった。
カール F. ブヘラは、3年に及ぶ研究開発を経て、独自の自社ムーブメントを完成させた。最大の特徴は、自動巻き機構に従来のようなセンターローターやマイクロローターではなく、独自のペリフェラルローターを採用している点である。ペリフェラルとは「周辺」という意味で、ムーブメントの外周にリング状のローターを配置して、その回転によって主ゼンマイを巻き上げる。近年、いくつかの高級時計ブランドが一部の複雑時計に使い始めたペリフェラルローターだが、2008年の時点で実製品化された自動巻きムーブメントでは、カール F. ブヘラのA1000系こそが先駆けであった。その原理自体はかなり以前からあり、同種の機構の例をいくつか発見できるが、十分な巻き上げ効率を実現し、量産ムーブメントにも問題なく使える機構として完成させたことは、時計史上の快挙だった。
カール F. ブヘラがほとんど前例のないペリフェラルローター自動巻きを採用してマニュファクチュールとしての独自性を追求したのは、技術への挑戦と合わせて美観への配慮もあった。現行の機械式時計では透明なシースルーバックが標準仕様と言ってもよく、裏側からの見栄えも非常に重要になっている。自動巻きをペリフェラルローター方式にすれば、ローター自体が存在していないかのように見え、ムーブメントが遮られずに隅々まで見渡せる。また、厚みを抑えられるのも利点だ。言うならば、自動巻きの実用性と手巻きの美観が手に入る最良のソリューションというわけだ。
また、この自社キャリバーには、技術的に傑出した特徴がいくつかある。自動巻きは、腕の動きといった外力を利用してローターを回すわけだが、その半面、外から加わる衝撃に耐えるものでなくてはならない。回転軸を持たないペリフェラルローターではなおさらだ。そこで考案されたのが、ボールベアリングを内包する可動アセンブリーでローターへの衝撃を吸収し、ローターのずれも防ぐ特許のダイナミック ショック アブソーバー システム(DSA)である。>
ペリフェラルローター以外で特筆すべきは、テンプの耐衝撃と併せ、調整を集中して制御するセントラル デュアル アジャストメント システム(CDAS)という特許の機構である。特殊な形状のテンプ受けに歩度調整用と可動ヒゲ持ち用の2本のバーおよびロック装置があり、一度調整して固定すれば調整位置が変わらず、精度を保持できるというものだ。
カール F. ブヘラは、CFB A1000を基点となるベースキャリバーに位置付け、これにビッグデイトやパワーリザーブ表示などの自社開発の機能モジュールを追加していくという、システマティックな設計方針の下で、これまでに5種類を開発し、実際に「パトラビ エボテック」などに搭載してきた。そして、それは次なる自社ムーブメントのキャリバーCFB A2000へと受け継がれ、進化の系統樹を広げつつある。