時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2024。「外装革命」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載する。今回はメティエダールをテーマに、独創的な世界観を繰り広げるヴァン クリーフ&アーペルを紹介。オートマタ作家のフランソワ・ジュノーへ行ったインタビューとともに、このメゾンの2024年発表モデルを振り返っていく。
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
表現の幅を格段に広げたエクストラオーディナリーダイアルの新技法
オンデマンドアニメーションのオートマタ機構を搭載。プッシャー操作で花々が風に揺れ、2羽の蝶が飛び交う。プリカジュールの蝶が時間を指し示し、こちらはミニアチュールペイントを筆頭に、伝統的なエナメル技法でまとめられている。自動巻き。パワーリザーブ約36時間。18KWGケース(直径38mm)。3気圧防水。2851万2000円(税込み)。
(右)ヴァン クリーフ&アーペル「レディ アーペル ジュール アンシャンテ ウォッチ」
対となるふたつの時計で、昼と夜のフェアリーを表現するメティエダールの大作。これは昼の顔。立体的に彫り込まれたエナメルや、ガラス質の表面にジェムセッティングを施すなど、従来にはなかったエナメル表現が盛り込まれる。手巻き(Cal.Q474)。パワーリザーブ約40時間。18KWGケース(直径41mm)。3気圧防水。世界限定8本。6045万6000円(税込み)。
2024年はメティエダールをテーマにしたヴァン クリーフ&アーペル。2本が対になって昼と夜の風景を表現する「レディ アーペル ジュール アンシャンテ」と「レディ アーペル ニュイ アンシャンテ」には、メティエダールの分野における3つのパテントペンディングが盛り込まれた。エナメル表面にジェムセットを施す「セッティング イン エナメル」、エナメルを立体的に彫り込む「ファソネ エナメル」、そしてダイヤモンドを宙に浮かせる「リフティッドセッティング」の他、カーブさせた「プリカジュール エナメル」なども同社の独創に由来する。
ポエティック コンプリケーションの初期作品が内外装共にフルリニューアル。ダイアル6時側を覆うプレートは、33mmモデルのブルーペイントMOPに対し、こちらはホワイトMOPに彫刻。太陽の部分もイエローサファイアのスノーセッティングとなる。自動巻き。パワーリザーブ約36時間。18KWGケース(直径38mm)。3気圧防水。1914万円(税込み)。
(右)ヴァン クリーフ&アーペル「レディ ジュール ニュイ ウォッチ」
新たに加わった直径33mmのジュール ニュイ。1周24時間のダイアルは、ムラーノガラスのアヴェンチュリンに、18KYG製の太陽とダイヤモンドの月を載せる。ケースバックに描かれたフェアリーは、エナメルデカールを30~36層重ねて焼き付けたもの。自動巻き。パワーリザーブ約36時間。18KWGケース(直径33mm)。3気圧防水。1465万2000円(税込み)。
ポエティック コンプリケーションの分野では、初期作品にあたる「ジュール ニュイ」を刷新した。ヴァル フルリエベースのムーブメントを自社開発し、そこにインハウスのモジュールを搭載。ケース径38mmの「レディ アーペル ジュール ニュイ」に改良が加えられたほか、直径33mmケースの「レディ ジュールニュイ」も加わっている。
オートマタ作家のフランソワ・ジュノーをインタビュー
1959年、スイス/サンクロワ生まれ。マイクロメカニックの学位取得後、オートマタの修復師などと並行して、パリ国立高等美術学校でドローイングと彫刻を学ぶ。1984年に故郷のサンクロワへ戻り、家族経営の工房を受け継ぐ。
1980年代から独力でオートマタの製作や修復に取り組んできたフランソワ・ジュノー。一部の時計マニアには有名な存在だったが、彼の名が広く知れ渡ったのは2017年のこと。ヴァン クリーフ&アーペルとの7年にも及んだコラボレーションの末に発表された「オートマタ フェオンディーヌ」によってだろう。今年発表された「アパリシオン デ ベ オートマタ」の機構部分を手掛けたのもジュノーだ。
伝統技術の伝道師を自負する、当代きってのオートマタ作家
「今回は複雑な葉の軌跡を解析するのにコンピューターを使いました。私にとっては新しい技術です。しかし予想以上に葉が重かった。モックアップを組み上げた後に判明したのです。葉を動かしているツイストした歯車は紫禁城に保管されるオートマタを修復した際に発見した機構が大元です」
いまジュノーのように、スイスとフランスの国境にまたがるジュラ地方で活躍する機械式時計職人は、ユネスコによってその技能が無形文化遺産に登録されている。
「ユネスコの件はポジティブなプレッシャーだと感じています。ヴァン クリーフ&アーペルのサポートもあって、毎年ふたりのインターンを受け入れていますし、アトリエも大きくする予定です。我々には伝統技術を伝える使命がありますからね」
製作に際し、ジュノーが最も気を使っているのは機構の静粛性だという。しかしそのためのヒントは過去の作品の中にある。まさしく技術の伝道師なのだ。
複雑に重なりあった葉のドームが開くと、神々しい鳥のオブジェが顕現(=Apparition)し、翼を羽ばたかせるオンデマンドのオートマタ。葉の動きそのものは斜めにセットされた歯車によるものだが、112枚で構成される複雑な葉の軌跡を解析するために、コンピューターを用いたシミュレーションが重ねられた。台座に設けられた回転リングで時と分を表示する。機械式。パワーリザーブ約8日間。高さ約27cm、幅約21.5cm。ユニークピース。参考価格4億6860万円。