Grand Seikoの独立ブランド化 / グランドセイコー 新世界戦略発動

2017.08.09

(右)久保進一郎氏。東京造形大を卒業後、セイコーウオッチへ入社。同社のハイエンドモデルに携わり、グランドセイコーではスプリングドライブGMT、クロノグラフ、ダイバーズウォッチなどを手掛ける。(左)川端由美氏。群馬大学にて工学を修めた後、エンジニアとして就職。自動車雑誌の編集記者を経て、現在は自動車の技術に軸足を置いて、ジャーナリスト活動を展開する。

「普通の暮らしの中で、最高に良いものを身に着ける、それがグランドセイコーの信条です。身に着けたまま普段の生活ができるように細心の注意を払ってきました。その中でも、従来のグランドセイコーが培ってきたブレスレットの装着性や文字盤の視認性といった機能を蔑ろにするわけにはいきません。一方で、外装にセラミックスを採用したコレクションを検討するにあたり、セラミックスは傷が付きにくい素材なので、美しさを保つには有効ですが、他方で脆い素材なので、グランドセイコーにふさわしい機能を実現するには課題がありました。その結果、チタン製のケースにセラミックスのパーツを組み合わせるという選択をし、それを活かすデザインに落とし込みました」

 ケース構造に限らず、すべての細部にこだわり、グランドセイコーとしての機能を活かしつつ、そのDNAを受け継ぎながらも、新たなグランドセイコーのデザインを模索した。

「従来のグランドセイコーは『最高の普通』を掲げ、主張しすぎないことが美点でした。しかし、グローバル展開を強化するにあたって、世界の時計ファンに訴える強いメッセージを主張すると同時に、これまでグランドセイコーを育ててくれた日本のお客様が求めるものと違いすぎてはいけないと思っています。だからこそ、デザイン要素を強め、日本らしい良さを、いかにより多くのお客様に届けるかに苦心しました」

(左上)ブライトチタンとセラミックスで構成されるブレスレット。中ゴマをセラミックスに替え、傷付きにくくするとともに、新たな個性を与える。上下のコマが接触するとセラミックスが割れやすくなるため、あえて両者の間にクリアランスが設けられた。(右上)エッジの効いたブレスレットとケースデザイン。装着感を悪化させないよう、角はわずかに丸められている。(左下)グランドセイコーに共通するのが、高い視認性。高く盛り上げた印字や立体的な針だけでなく、文字盤のコントラストを強める手法が採用された。(右下)ブライトチタン製の内殻をセラミックス製の外殻で覆ったケース。両者の間にはわずかに隙間があり、落下時の衝撃を吸収する。

 その結果、今年のバーゼルワールドで発表されたブラックセラミックスコレクションやダイバーズウォッチは、これまでのグランドセイコーとはひと味違う主張があり、海外のメディアにも高い評価を受けた。同時に、従来のファンにも受容されるデザインに落とし込み、併せて実用性の高さと普段の生活の中で長く使える機能性の両面で支持されるに至ったのだ。このデザイン哲学は、すべてのグランドセイコーに共通している。

「サイズにこだわり、重厚感とのバランスを慎重に配慮し、オーセンティックな印象を継承しながら、全体のデザインでは現代的にアップデートすることを心掛けました。最近では、日本製品の品質の高さが世界的に評価されていますが、日本製ならではの高品質をデザイン面でも大胆に表現することによって初めて、日本だけでなく海外のお客様にも伝わるのだと思います」

 自動車の世界に置き換えれば、レクサスがまさにそうだ。もともと、日本車と言えば、単なる実用車に過ぎなかったが、「レクサス」では高品質と静粛性を顧客に分かりやすく表現したことが功を奏した。例えば、外板パーツのつなぎ目にあたるチリを狭めることであったり、塗装の品質の高さだったり、そうしたことを精緻なデザインで表現したことが、レクサス=日本独自の高級車として認められるきっかけになったのだ。

 海外に向けて漕ぎ出したグランドセイコーではあるが、その世界観は1960年のデビューから支持され続けてきた伝統の線形上にありながら、同時に非線形上にある革新となる独自技術を搭載している。だからこそ、今年のバーゼルワールドでも、あれほど高い評価を得られたに違いない。まるで、美しいクラシックにおける通奏低音のように、グランドセイコーならではの「伝統と革新」が両立されている。それが、久保氏が目指したグランドセイコーのデザインでもある。