IWCらしいモダンなデザインを強調するのが、デザイン部門の責任者であるクリスチャン・クヌープと彼のチーム。フロッグデザイン、フィリップスデザインを経てIWCに入社した彼は、機能性と美観の両立に取り組んでいる。「IWCのデザインは、私たちの歴史に大きくよっている。創業者のフロレンタイン・アリオスト・ジョーンズがここシャフハウゼンでビジネスを起こし、大きな煙突、コンベアベルト、ライン川の水流が動かす切削の機械などが入った工場を建てた。彼の創業家精神、パイオニアスピリットがIWCのあり方を大きく形づくった」。ではクヌープは、IWCにどんな魅力を感じ、何を実現したいのか? 「IWCの時計は工業的なデザインに特徴があり、私個人も、テクニカルなデザインが好きだ。個人的な夢は、テクノロジーと美を完全に統合すること。今年で在籍して9年になるが、機械式の腕時計ほど、エモーショナルな存在はないと確信している」。
東棟を2階に降りると、自社製ムーブメントの組み立て部門がある。間仕切りされたフロアは、奥側がキャリバー52000系、通路側がキャリバー59000系と51000系の組み立てだ。面白いのが、52000系の製造フロアに設けられた、ウィッチ製のクロノスコープだ。これは個別のムーブメントの注油量や精度を管理するもの。ムーブメント精度の偏りまでチェックでき、しかもそれを体系化できる。現在はA.ランゲ&ゾーネの新工房にもあるが、筆者の知る限り、リシュモン グループの工場で初めて導入したのはIWCだった。
とはいえ、現場を支えるのはあくまでも人である。新型自動巻きの52000系は、生産性にも配慮した優れた設計を持っている。例えば石数は51000系の42石から31石まで減った。であれば、製造ラインも一層の合理化を果たしたかと思いきや、流れ作業のラインはどこにもない。手元にキットを置き、職人がムーブメントを組み立てていく。責任者のマルティン・ハーバースティッシュに、なぜ流れ作業にしないのかと聞けば「まだ数を作っていないし、仮に増えても、できればやりたくないね」と笑った。
現在、IWCの一部自社製自動巻きは、巻き上げヒゲゼンマイを搭載している。コストを考えれば、もっと作りやすい平ヒゲゼンマイにすべきだろう。しかしIWCは、今なお等時性に優れる巻き上げヒゲを好んで使う。現在、ヒゲゼンマイを巻ける職人はカスタマーサービスを含めて8人。しかし、ヒゲゼンマイを巻ける職人を見つけることは、スイスでも難しい。スイスに残っていた唯一の調時師学校も、数年前に廃校となったはずだ。ではどうやって、職人を探してくるのか? ハーバースティッシュ曰く、「私たちは、社内でトレーニングしている。2年間訓練を受ければ、ヒゲゼンマイは巻き上げられるようになる」。
東棟の2階には、ムーブメントの組み立て部門がある。自社製ムーブメントの組み立て責任者は、在籍35年のハーバースティッシュ。組み立てだけでなく、新型ムーブメントの企画・開発にも携わる時計師だ。今や優れた生産体制を持つIWCだが、流れ作業は導入されていない。各時計師はキットに分けられた部品を組み立てていく。また組み立て部門では、IWCの価格帯では珍しくなった巻き上げヒゲを生産している。納入されたヒゲゼンマイに、ピンセットで形を作っていく。同じフロアには、コンプリケーション部門がある。在籍17年のクリスチャン・ブレッサーが責任者。IWCのあらゆるムーブメントを組み立ててきた彼は、取材時に新作の「ダ・ヴィンチ・パーペチュアル」を組み立てていた。「部品を減らした結果、永久カレンダーがより頑強になっただけでなく、工業製品として進化した。ただより精密さを増したムーンディスクは、組むのが難しい」。現在12名もの時計師が、複雑機構の組み立てにあたる。