これだけのジャーナリストとリテーラー、そしてコレクターが揃うイベントは、まずないのではないか。ニック・フォークス、SJX、ウェイ・コー、ジャック・フォスター、フランク・ギーレン、ペーター・ブラウン、カーソン・チェン、アウロ・モンタラーニ、アンドリュー・マカッチェンにマイケル・テイなどなど。
オメガが彼らをスイスにわざわざ集めたのは、わずか18本限定の「ファースト オメガ リスト-クロノグラフ リミテッド エディション」を発表するためだった。なるほど、あえて呼ぶだけあって、その内容は圧倒的だった。
この“新しい”クロノグラフは、マスタークロノメーターとセラミックスケースで武装したハイテクウォッチではない。しかし、好事家にとっては魅力的であろう、古典的なクロノグラフキャリバーを搭載する。
1913年、オメガは懐中時計用の18ライン クロノグラフ キャリバーを転用し、初の腕時計クロノグラフを完成させた。すでに、懐中時計用のムーブメントを転用した腕時計クロノグラフは市場にあった。しかし、本作が腕時計クロノグラフに与えた影響は少なくなかっただろう。というのも、このムーブメントには、クロノグラフ車を止めるブレーキレバーがすでに備わっていたのである。
19世紀までの懐中時計クロノと、20世紀以降の腕時計クロノの違いは、大きく言うとブレーキレバーの有無にある。懐中時計に比べて衝撃を受けやすい腕時計クロノグラフにはブレーキレバーが必須であり、それは1910年半ば以降、腕時計用クロノグラフムーブメントの常識となった。
しかし、興味深いことに、オメガは1898年の19 ライン クロノグラフ キャリバーと、1906年の18 ライン クロノグラフ キャリバーに、すでにブレーキレバーを与えていた。やがてオメガが、衝撃に強いブレーキレバー付きの懐中時計用クロノグラフムーブメントを、腕時計に転用しようと考えたのは当然だろう。
ちなみに、1910年代の初頭には、アルマン・ニコレといった小メーカーが、ブレーキレバーの備わった腕時計専用クロノグラフムーブメントをすでに供給していた。しかし、腕時計クロノグラフにブレーキレバーが普及するのは、ロンジンの13.33(12年)、オメガの18 ライン クロノグラフ キャリバー、そしてバルジューの22(14年)以降のことである。こういった大メーカーによるブレーキレバーの採用は、腕時計クロノグラフのあり方を決定的にした、といえるだろう。
ともあれ、腕時計クロノグラフの黎明期に、その在り方を定めた1913年の腕時計クロノグラフ。この歴史的なモデルを復刻させるべく、オメガは数多くの18 ライン クロノグラフ キャリバーを集めた。副社長のジャン=クロード・モナション曰く「39個の18 ライン クロノグラフ キャリバーを集めたが、使えそうな個体は19個しかなかった。そこでプロトタイプ1個と、18個の製品を作り上げた」(モナション)。
もっとも、“使えそうな個体”であっても、100年以上前のムーブメントだ。今の製品とするには、大幅な手直しが必要だった。プロダクトマネージャーのグレゴリー・キスリングはこう語った。「穴石は見た目のためにすべて交換した。再メッキと仕上げに耐えられないため、歯車もすべて作り替えた。また主ゼンマイとヒゲゼンマイも、昔の使い回しではなく、新しいものだ」。ヒゲゼンマイは懐中時計用のユニタスから転用したのかと思いきや、違うとのこと。「ヒゲゼンマイはユニタスから流用しなかった。このモデルのため、ニヴァロックスに製作してもらった。1000個は作っていないが、結構な数は作ったよ」(キスリング)。わざわざ19個(18個の製品+1個のプロトタイプ)の限定モデルのため、いちからヒゲゼンマイを作らせたのだから、オメガの力の入れようは容易に想像できる。
現在オメガは、エナメル文字盤の土台に、銀や鉄ではなく、セラミックス素材を使っている。加熱してもセラミックスは歪まないため、裏側にエナメルを載せる(裏打ちという)必要がない。結果、オメガはエナメル文字盤を薄くすることに成功した。エナメル文字盤付きの「シーマスター オリンピック コレクション」が好例だろう。普通、エナメル文字盤を採用するとケースの厚みは増す。しかし同コレクションのケース厚はレギュラーモデルに同じだ。
このモデルもやはり、エナメル文字盤を持っている。他モデル同様、土台にセラミックスを使ったのかとたずねたところ、キスリングは「違う」と即答した。「今回のモデルでは、エナメル文字盤の土台にセラミックスではなく、特別な鉄合金を使った。理由は、昔ながらの手法を再現したかったため。しかし、この合金はセラミックスに同じく、加熱しても歪まないため、エナメルを裏打ちする必要がない。その結果、文字盤を薄くすることに成功した」。
文字盤を薄くした理由は、防水性を持たせるためだったという。「できるだけ忠実にオリジナルモデルを再現したかった。しかし、30m防水という性能は必須だ」。仮にエナメル文字盤に裏打ちを施し、加えてケースの気密性を上げたなら、ベゼルはかなり厚くなってしまう。対してオメガは、エナメル文字盤の厚みを減らすことで、ベゼルの高さを抑えつつ、防水性を持たせることに成功した。こういう微妙なチューンは、いかにも今のオメガらしい。
外装の質感を大幅に高めたオメガの中でも、本作のケースは傑出している。ケース素材は18KWGで、リュウズとプッシュボタンには18Kセドナゴールドがあしらわれている。ケースの鏡面にはほぼ歪みがない上、リュウズのガタも見事に押さえられていた。精密に加工しすぎたためかハンターケースの開閉は渋かったが、製品版までには改善されるだろう。また、青焼きの針も色ムラがなく、極めて良質である。なお、クロノグラフ針は18Kセドナゴールドメッキを施したブロンズ製。発色は良好だが、ダイヤカット仕上げなのはやや惜しい。
最後にもうひとつ。本作はボックスの出来も大変に良い。モナションが「おそらく、オメガ史上もっともコストのかかったボックス。6500スイスフランもかかった」とぼやいたとおり、総革張りのボックスは、一流ブランドのレザートランクに引けを取らない仕上がりを持つ。
さて、気になるお値段は1392万円(税抜)。安くはないが、限定18本、しかも、歴代オメガでも随一の完成度を持つと考えれば、むしろリーズナブルではないか。日本入荷はまだ未定らしいが、個人的にはぜひ日本に留まって欲しい傑作だ。読者の皆さん、誰かこのモデルを買いませんか?購入したら、喜んで納品式に付き合いますよ(もちろん記事にするけど)。