The New J12 Movement
2019年版のJ12で、最も大きく変わったのがムーブメントである。シャネル曰く「自社製ではないが自社で開発したマニュファクチュールムーブメント」。お披露目なったその自動巻きムーブメントは、私たちの想像を超える完成度を備えるものだった。
シャネルがJ12にも自社製ムーブメントを載せるという噂は、2018年の末頃から、関係者の間に広まっていた。それはローマン・ゴティエの部品を用いた極めて高価なものになると予想していたが、リリースされた自動巻きムーブメントは意外にも、極めて頑強な、第一級の性能を持つ実用機だった。
ETAに代わる新しい自動巻きムーブメントを探していたシャネルは、2018年、ロレックスの兄弟会社であるチュ
ーダーや投資家などが設立した自動巻きムーブメント製造会社のケニッシに資本参加した。同社は、小型・中型・大型フォーマットの自動巻きムーブメントを設計・製造し、市場に投入している。
ロレックスおよびチューダーとケニッシの関係は明確ではないが、ケニッシのボードメンバーに両社の重役の名前を見つけることができることから、関連会社と推測することができる。役員の中には元ブライトリング副社長のジャン・ポール・ジラルダンも名を連ねている。シャネルがどの程度、ケニッシに出資したのかは明らかにされていないが、シャネルの子会社ではないものの、出資している以上、関連会社とは言えるだろう。それが、シャネルがケニッシ製ムーブメントを「自社開発」と称し、「自社製」とは言わない理由だ。
ケニッシ製のムーブメントを採用するにあたり、シャネルのアプローチは極めて健全だった。量産モデルとしての十分なテストを経て、シャネルはようやくムーブメントを採用したのである。十分な時間をかけて信頼性を確認する入念さは、J12の開発に10年を費やしたシャネルならではだ。
ムーブメントを製造するケニッシは、現在のジュネーブからル・ロックルへ移転する予定だ。移転が完了すれば、ムーブメントの製造個数は飛躍的に増えるだろう。
長らく、シャネルはETAの上級グレードをJ12のコレクションに用いてきた。筆者の知る限り、無条件でこれらのグレードの購入を許されたメーカーは、ブライトリング、ショパール、そしてシャネルの3社しかない。これらのETA製エボーシュは薄くて精度も良好な上、整備性にも優れていたが、現在の基準からするとパワーリザーブが短い。対して新しいキャリバー12.1は、パワーリザーブが約70時間に延びたほか、ニッケルリン製のヒゲゼンマイによる高い耐磁性と、フリースプラングテンプによる高い耐衝撃性を持っている。その性能は、ETAの代替機という水準をはるかに超え、現行の量産型自動巻きムーブメントとしては、掛け値なしに第一級だ。
ちなみに、筆者はキャリバー12.1の実機を触っていない。しかし、キャリバーMT5612を搭載したチューダを使った経験から推測するに、兄弟機であるキャリバー12.1の携帯精度と巻き上げ効率はかなり良いはずだ。自動巻きの巻き上げ機構自体はETA2892A2や2824-2と同じ簡潔なリバーサーだが、あのチューダーやブライトリングが採用したほどだから、長期の使用でも巻き上げ効率は落ちにくいはずだ。
シャネルという名前やユニークなセラミックケースという特徴に甘んじることなく、その内実を磨き上げたJ12。セラミック製の外装と200m防水のケース、そして長いパワーリザーブという特徴は、実用機としても最良のひとつだと言えるだろう。2019年版のJ12は、間違いなく大ヒットするだろう。しかし、筆者は思う。この時計の本当の価値が分かるのは、ひょっとして多くのシャネルファン以上に、時計の魅力を知悉する、時計愛好家たちなのかもしれない、と。
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