これと同時にETAは、09年にミドルレンジ向けの新型エボーシュも発表。旧レマニア5100の基本設計を踏襲しつつ、緩急針などを簡略化し、新規設計の〝シンセティック・エスケープメント〞(プラスティック製の脱進機)を搭載した「キャリバーC01.211」である。スウォッチの技術的ルーツにも挙げられるプラスティックムーブメント「アストロロン」(71年)を開発したティソに敬意を表してか、発表当初は同社への独占供給となったが、スウォッチなど他のグループ内ブランドにも、程なくして供給が開始されている。
同様のシンセティック・エスケーメントを搭載し、2013年初頭に発表された「パワーマティック80」は、C01.211登場時のインパクトをはるかに凌駕する、ミドルレンジ向けの革命的エボーシュとなった。その基本性能の高さは次項で詳述するが、2013年末までにティソが合計4モデルに搭載する他、125周年のアニバーサリーとして、サーチナDSの限定モデルにもすでに搭載されている。
もうひとつ、ミドルレンジの可能性を大きく広げる新型エボーシュが、同じく今年に発表された「キャリバー2825」だ。パワーマティック80が、ミドルレンジからエントリーレンジにおける、精度面での飛躍を促したのに対し、2825はデザイン面での拡張性を大きく伸ばしている。
[2009年] ETA Cal.2825-2
レギュレーター配置の時分針を備えた2013年の新作。ハミルトンでは独自に、自社ナンバーのエクスクルーシブ・エボーシュをETAと共同開発している。自動巻き(Cal.H-12)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ42時間。SS(直径42mm)。12万1800円。
問ハミルトン/スウォッチグループ ジャパン☎03-6254-7371
2825のポイントは、時分秒針の位置を組み替えられるモジュールだ。本誌独自に実機を分解してみたところ、モジュール外周に設けられた12個の穴と、センター位置を加えた合計13カ所に、自由にカナを配することが可能であった。つまり、スモールセコンドの配置は12カ所から自在に選べ(理論的にはセンター配置も可能だが、モジュールを噛ませる意味がない)、時針と分針を個別に配してレギュレータースタイルとしたり、センター位置からオフセットさせることも自在である。
しかし2825のモジュールは、こうした拡張性と引き替えに、やや気難しい面もあるようだ。モジュールの構成からも分かるように、秒カナを駆動する中間車と、日の裏(筒カナと筒車)を駆動する中間車は、各々異なったトルク伝達の経路をとる。このためトルクの伝わり方が、必ずしも均一とならず、時分針の動きに対して、秒針だけがやや〝遅れる〞という症状が出やすいようなのだ。このため2825系では、カナと中間車の配列(=ダイアルレイアウト)が決定した後に、噛み合いの深さを厳密に微調整する必要がある。
さらに今年はもう1機、エントリーレンジ向けの画期的なムーブメントが登場してきた。スウォッチが肝煎りで発表した「スウォッチ システム51」だ。これは文字通りのスウォッチ専用機であり、正真正銘の〝エクスクルーシブ・エボーシュ〞となるだろう。シンセティック・エスケープメントを含む構成パーツ数はわずかに51点。スウォッチらしく、コミカルにビジュアライズされた自動巻きローターを持ち、日差は最大でも7秒以内と発表されている。フルオートメーション化された生産ラインを構築することで、100〜200スイスフラン以内のプライスを目標に掲げている。
当初はハイレンジのグループ内エタブリスール向けに開発されていたETAのエクスクルーシブ・エボーシュ。しかし同様の潮流は、ミドルレンジはおろか、今やエントリーレンジにまで波及しつつある。そしてそれらは、圧倒的なローコスト設計にもかかわらず、同クラスの標準的なエボーシュを圧する実力を備えているのである。
2013年、ミドルレンジ以下に向けた新機軸のエボーシュを一気に投入してきたETAとスウォッチ グループの猛攻に対し、迎え撃つべきコンペティターたちの〝次なる一手〞も、大いに気になるところである。
時分針をセンター配置、5時位置にスモールセコンドを配したモデル。Cal.2825系の性質から考えれば、最もベーシックな軸配置と言える。自動巻き(Cal.2825-2)。SS+PGのPVD加工(直径39.3mm)。9万1350円。
問ティソ/スウォッチ グループ ジャパン☎03-6254-7361
1時位置に時分針をオフセットさせたCal.2825-2のバリエーションを搭載。上のモデルとは軸配置がまったく異なるが、キャリバーナンバーに変化はない。SS(直径39mm)。8万4000円。2014年1月発売予定。