時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。今回話を聞いたのは、東京・銀座の老舗「天賞堂」の6代目を継ぐ、代表取締役社長の新本桂司氏だ。新本氏が挙げた原点時計はフォルクスワーゲンのダイバーズウォッチ、「上がり時計」はF.P.ジュルヌの「クロノメーター・オプティマム」である。その言葉を聞いてみよう。
今回取材した時計の賢人
株式会社 天賞堂 代表取締役社長
東京都新宿区生まれ。明治12年に銀座で創業した天賞堂の6代目社長。大学卒業後に大阪のオークション運営会社へ就職し、絵画や彫刻を取り扱う中で審美眼を磨く。2006年に天賞堂へ入社。まずはトロフィーや野球のチャンピオンリングといった記念品製作を行う法人外商部に所属し、徐々に会社全般の経営感覚を養う。2014年より現職。なお天賞堂は明治22年にはスイスやアメリカの時計の輸入販売を開始し、大正8年には全国時計輸入額の70%を占めるなど、海外製高級時計販売の先駆けとなった時計店である。また印房店として創業した同社は現在、時計以外にもジュエリー販売や鉄道模型の製造販売、法人向けの記念品製作など幅広く手掛ける。
●天賞堂 公式ウェブサイト http://www.tenshodo.co.jp/
原点時計はフォルクスワーゲンのダイバーズウォッチ
Q. 最初に手にした腕時計について教えてください。
A.中学校への入学祝いに、先代の父親からフォルクスワーゲンのダイバーズウォッチを買ってもらいました。実は子供の頃の私は時計への関心がなく、天賞堂を訪れた際には鉄道模型のフロアにばかりいました。この時計の記憶はあまりないのですが、私自身が選んだものではありましたから、つまり初めて自分でかっこいいと思って選んだ時計だったのだと思います。2本目に手にした時計はタグ・ホイヤーのフォーミュラ1でしたから、当時はスポーツウォッチが好みだったようです。
「上がり」時計は、F.P.ジュルヌ「クロノメーター・オプティマム」
Q.いつしか手にしたいと願う憧れの時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。
A. F.P.ジュルヌ「クロノメーター・オプティマム」ですね。発売された時からずっと、格好良い時計だなと憧れています。F.P.ジュルヌの時計はどれも独創的で好きですが、特にこの時計の非対称なデザインや、ルモントワール機構を搭載するムーブメントの複雑さなどに心が引かれます。いつ手に入れたいという具体的なビジョンはまだ持てていませんが、2021年夏にリニューアルを目指す店舗が自分の満足するかたちに仕上げられたなら、改めてF.P.ジュルヌのラインナップから探してみたいと思っています。
あとがき
今年で創業140周年を迎えた天賞堂。明治期より各界の著名人が顧客として名を連ね、また数々の随筆にも登場してきた。同店は現在リニューアル期にあり、銀座4丁目から6丁目に店舗を移して営業を続けている。「かつての天賞堂は時計の輸入販売の先駆けとして発展しましたが、現在では取り扱いのある多くの海外ブランドが銀座で軒を連ねるようになりました。リニューアルと同時に、自分たちの存在意義を見つめ直す時期でもあります」。そう語る新本氏は同時に「日本の伝統工芸の素晴らしさを、時計を通じて世界に発信することが天賞堂の今後の目標でもあります。例えば、天賞堂オリジナルウォッチで漆塗りダイアルモデルを展開しています、こういった商品開発により注力したい」とも夢を語る。変革期を乗り越えて、また銀座の中心地で輝く姿に出会いたい。