さらに「フィフティ ファゾムス」の最大の驚きは、そんなダイバーズウォッチの元祖と言われる歴史的名作であるにもかかわらず、当時ほとんど誰にも知られていなかったこと。それ以前に、ブランパンという時計ブランドの存在が、かつてはほぼ知られていなかったのだ。
というのは、ほかでもない、ジャン-クロード・ビバーがそう言っているのである。ビバーについては、改めて説明するまでもないだろう。昨年リタイアを表明したが、いまなおその動向に注目が集まる、今日の時計界で最大の巨人のひとりだ。長年にわたりスイス時計界を牽引してきた功労者であり、その最初の大きな功績が1983年にムーブメント工房のフレデリック・ピゲ当主のジャック・ピゲと共同でブランパンを再興したことである。
そのビバーがインタビュー本『間違える勇気。』(幻冬舎)の中で、ブランパンについて、こういっているのだ。「1983年、それは単なる名ばかりの会社だった。もっと言えば、22年のあいだ市場に存在しなかった名前は忘れられたものであり、従って当時、ブランパンに2万2000スイスフラン以上の価値はなかった」と。
つまりブランパンは、ほとんどの人に知られていなかった。ならば、そのブランパンの創った「フィフティ ファゾムス」など誰も知るはずもないのだ。
ところが、そんな「フィフティ ファゾムス」が1997年に復活。2007年に本格的なコレクションとなり、たちまち世界的人気となったのである。
そして、実は『間違える勇気。』のなかに、特に印象に残る一節があるのだ。それは「商品をただ見せるよりもストーリーを語る方が、より購買欲をそそる」というビバーの言葉である。さらにその言葉はこう続く。「これは私が活用し続けている極めて重要な原則だ。ブランドを売るためには、まず感動を生み出し、夢を見させなければならない」と。
それを読み、筆者はこう思ったのだ。「フィフティ ファゾムス」は、まさしくそんなビバーの思惑を体現したモデルではなかったのか、と。なんとなれば、それまで誰も知らなかった「フィフティ ファゾムス」が、豊富で詳細な話が語られるうちに、みるみる大人気になったのだ。だから、そうした話のすべては、ビバーの「ストーリー」だったのではないか? そう思ったのだ。
さて、「フィフティ ファゾムス」という名前はシェイクスピアの戯曲『テンペスト』の第1幕第2場で、空気の精のエアリアルがナポリ王の息子のファーディナンドに「Full fathom five thy father lies」(あなたの父は5尋の海底深くに眠る)と歌いかける台詞から取られている。「fathom」=「ファゾム」(尋)とは海の深さを表す単位。そして当時のダイバーの潜ることのできる最大深度が「50 fathoms」であったことから「フィフティ ファゾムス」と名付けられたのだ。
と、まぁ、「フィフティ ファゾムス」はその名前までドラマチックで本当に小説のようだ。だがともあれ、時計史に残るべき名作であったことは間違いない。だから「フィフティ ファゾムス」を再発見し、よみがえらせてくれたことは、時計好きのすべてにとっての朗報である。
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ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。
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