ブランパン「フィフティ ファゾムス」の名前の由来をひもとく

フィフティ ファゾムス

裏側がシースルーバック仕様に変更されたため、高級機に相応しい仕上げが施されたムーブメントCal.1315を鑑賞することができる。ヒゲゼンマイにシリコン素材を採用することで磁気の影響から解放されたため、耐磁性を確保するために内蔵されていた軟鉄製インナーケースを省くことができ、結果、シースルーバック仕様にすることが可能になった。

 さらに「フィフティ ファゾムス」の最大の驚きは、そんなダイバーズウォッチの元祖と言われる歴史的名作であるにもかかわらず、当時ほとんど誰にも知られていなかったこと。それ以前に、ブランパンという時計ブランドの存在が、かつてはほぼ知られていなかったのだ。

 というのは、ほかでもない、ジャン-クロード・ビバーがそう言っているのである。ビバーについては、改めて説明するまでもないだろう。昨年リタイアを表明したが、いまなおその動向に注目が集まる、今日の時計界で最大の巨人のひとりだ。長年にわたりスイス時計界を牽引してきた功労者であり、その最初の大きな功績が1983年にムーブメント工房のフレデリック・ピゲ当主のジャック・ピゲと共同でブランパンを再興したことである。

 そのビバーがインタビュー本『間違える勇気。』(幻冬舎)の中で、ブランパンについて、こういっているのだ。「1983年、それは単なる名ばかりの会社だった。もっと言えば、22年のあいだ市場に存在しなかった名前は忘れられたものであり、従って当時、ブランパンに2万2000スイスフラン以上の価値はなかった」と。

 つまりブランパンは、ほとんどの人に知られていなかった。ならば、そのブランパンの創った「フィフティ ファゾムス」など誰も知るはずもないのだ。

 ところが、そんな「フィフティ ファゾムス」が1997年に復活。2007年に本格的なコレクションとなり、たちまち世界的人気となったのである。

 そして、実は『間違える勇気。』のなかに、特に印象に残る一節があるのだ。それは「商品をただ見せるよりもストーリーを語る方が、より購買欲をそそる」というビバーの言葉である。さらにその言葉はこう続く。「これは私が活用し続けている極めて重要な原則だ。ブランドを売るためには、まず感動を生み出し、夢を見させなければならない」と。

 それを読み、筆者はこう思ったのだ。「フィフティ ファゾムス」は、まさしくそんなビバーの思惑を体現したモデルではなかったのか、と。なんとなれば、それまで誰も知らなかった「フィフティ ファゾムス」が、豊富で詳細な話が語られるうちに、みるみる大人気になったのだ。だから、そうした話のすべては、ビバーの「ストーリー」だったのではないか? そう思ったのだ。

 さて、「フィフティ ファゾムス」という名前はシェイクスピアの戯曲『テンペスト』の第1幕第2場で、空気の精のエアリアルがナポリ王の息子のファーディナンドに「Full fathom five thy father lies」(あなたの父は5尋の海底深くに眠る)と歌いかける台詞から取られている。「fathom」=「ファゾム」(尋)とは海の深さを表す単位。そして当時のダイバーの潜ることのできる最大深度が「50 fathoms」であったことから「フィフティ ファゾムス」と名付けられたのだ。

 と、まぁ、「フィフティ ファゾムス」はその名前までドラマチックで本当に小説のようだ。だがともあれ、時計史に残るべき名作であったことは間違いない。だから「フィフティ ファゾムス」を再発見し、よみがえらせてくれたことは、時計好きのすべてにとっての朗報である。


Contact info: ブランパン ブティック銀座 Tel.03-6254-7233


福田 豊/ふくだ・ゆたか
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。


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