レトロとモダンのコンビネーション
ヘリテージ バイコンパックス アニュアルを手に取った時、まず目を引くのが優れたデザインだ。基本的には前述の通り、1950年代に発売されたクロノグラフを元にしているが、そこに現代的なアレンジを違和感なく加えている。
最も分かりやすい例は12時位置に鎮座するビッグデイトだ。90年代以降定番(それ以前にも存在はしている)となったビッグカレンダー表示だが、長いラグや“ふたつ目”カウンターといった古典的なパーツによって構成される50年代風レトロデザインの中にうまく溶け込ませることに成功している。
さらに外装の仕上げにポリッシュとサテンのふたつを使い分けることで、ケースに立体感を与えている点も実に現代的な時計づくりのアプローチだ。
自動巻き(Cal.CFB 1972)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS×18KRG(直径41mm、厚さ14.05mm)。30m防水。世界限定888本。136万円(税別)。
これがもし、復刻モデルを作ることを念頭に開発しながら、そこに時計を売りやすくするために現代的な要素を追加しただけの時計であったなら、デザインはうまくまとまらず、ちぐはぐとしたものになっていただろう。
しかし、カール F. ブヘラはあくまでアーカイブモデルからデザインの大枠を流用こそすれ、同作を復刻モデルではなく、最初から21世紀の腕時計として設計した。そのため、時計愛好家にもすんなりと受け入れられるモデルが完成したのだ。
余談だが、自動巻きクロノグラフは69年、年次カレンダーも96年に発表された機構のため、これらもデザイン元となったモデルの発売当時には存在しておらず、当然ながらアーカイブモデルには載せられていない。
ミドルレンジとは思えない外装の質の高さ
手に取って真っ先に目に付くのがデザイン性の高さであるならば、よく見れば見るほどに良質な時計であると思わせてくれるのが外装だ。多くのカール F. ブヘラの時計がそうであるように、ヘリテージ バイコンパックス アニュアルもまた、外装の質の高さこそ最も特筆すべき点なのである。
注目すべきはポリッシュとサテン、ふたつの仕上げの使い分けの巧みさである。例えばラグと一体化したミドルケース。広い面には基本的にサテン仕上げを施しているが、その縁を取るかのように“面取り”が施され、ポリッシュ仕上げされているのだ。よってラグはケースサイドから見た際、ケースとラグが多面的に見えるため、より立体的に感じられる。
また、ミドルケース自体がベゼルと別体のため、このポリッシュが非常に細かいところまで入っている点も見逃せない。最も分かりやすいのがベゼルと隣接するミドルケースとの境目に入れられたポリッシュである。
こちらでは線の細いポリッシュの面がしっかりと磨かれたベゼルと同化するため、サイドケース自体が薄いように思わせる効果を持つ。下の写真のような、時計を立てた状態ではその効果が顕著だろう。この写真を見た上でケース厚が14.05mmあると聞かされて、一体何人がすんなりと受け入れられるだろうか。
ベースムーブメントにクロノグラフと年次カレンダーのモジュールを載せるという手法を取るヘリテージ バイコンパックス アニュアルにとって、ケースが多少厚いのは仕方がないことだ。厚みを増してしまったケースに対して、視覚的にそれを感じさせないデザインを見事に与えた点に、カール F. ブヘラの時計作りに対するノウハウの蓄積が感じられる。
厚いケースへの対策は視覚的なものだけではない。カール F. ブヘラでは装着感を損なわないよう芯材を厚くすることで、ケースサイズに負けないしっかりとした剛性感をストラップに与えた。よって腕に載せた際にもしっかりと時計が固定されるため、厚さや重さがさほど気にならないのだ。
ダイアル塗装もやはり上質
最後に触れておきたいのがダイアルである。コンビモデルのローズシャンパン文字盤にしても、SSモデルのシルバー文字盤にしても薄く塗られたラッカーの下から見られる放射状に光るサンレイ仕上げが美しい。特にシャンパンゴールド文字盤に関しては色味のコントロールが難しいカラーだが、個体ごとのバラツキも見受けられない。
12時位置のビッグデイト表示や4〜5時位置の月表示の小窓も開口部を切りっぱなしとすることなく、それぞれの段にしっかりと塗装を乗せている。100万円を切る価格、それも製造コストの多くがムーブメントに費やされているであろうヘリテージ バイコンパックス アニュアルの外装にここまでの手間が掛けられているとは、正直驚きだ。
“100万円を切る年次カレンダー付きクロノグラフ”というあまりにも大きなインパクトばかりがどうしても先行してしまうヘリテージ バイコンパックス アニュアル。しかし、同作を見る上で決して無視してはいけないのは、ミドルレンジの枠組みを超えた上質な外装にあることを最後にもう一度だけ強調しておきたい。同作は世間が思っている“お買い得感”以上に、説得力のあるプロダクトなのである。
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