「終焉」後はさらに過酷な展開に!?
ところで、この最悪の事態を招いたのが、同事務局が出展社の十分な同意を得ないまま、2021年1月への「フェア延期」を決めたこと、出展社が求めた2020年の出展料(デポジット)の全額返還の拒否であることは前回のコラムで述べた。
2020年4月14日の主要5ブランドによる離脱発表後、筆者は海外の時計関連のさまざまな記事やコメントをチェックした。そこで得た情報を総合すると、ロレックスを筆頭とするこの5ブランド4社は、バーゼルワールドの歴史的な価値を認め、何とか存続させたいと努力したようだ。しかし、デポジット全額返還要求に対する事務局の不適切な対応が4社の態度を硬化させてしまったと思われる。しかも、この出展料返還問題はバーゼルワールドの終焉(消滅)後も、個々の出展社、事務局の親会社MCHグループ、さらにその出資企業や団体をも巻き込んだ大きなトラブルになることは確実だろう。
ジュネーブの日刊紙「トリビューン・ドゥ・ジュネーブ」によれば、バーゼルワールド事務局は、デポジットの2000万スイスフラン(約22億1240万円※)のうち1836万スイスフラン(約20億3098万円※)、つまり90%以上をすでに使ってしまったという。それが事実なら、この「損失」を誰がどう処理するのか。出展社は一部でもデポジットの返還を受けられるのか。出展社が数多いだけに、この後始末の問題は長く尾を引きそうだ。
「時計文化に対する敬意と情熱」の欠如
MCHグループはバーゼル・シュタット州が資本においても人事においても深く関与する半官半民企業で、取締役の多くは金融機関の要職を務めてきたお歴々たちだ。その中にはバーゼル・シュタット州から派遣された官僚もいる。時計業界とは関係の浅い人々が舵取りをしてきた半官半民企業の傲慢な体質。それが、筆者が25年以上も体験してきたバーゼルワールド事務局による「ただ場を貸すだけ」のフェア運営を招いたことは、やはり否定できないのではないか。
時計ジャーナリストとして僭越ながら言わせていただければ、バーゼルワールドの改革に奔走した現マネージングディレクターのミシェル・ロリス-メリコフ氏を例外として、歴代のバーゼルワールド事務局には「時計文化に対する敬意と情熱」が決定的に欠けていた。
この点が、歴史的なアーカイブピースの展示コーナーなど、ブランドのブース以外に小さなスペースでも毎回さまざまなかたちで、例えば2019年は「SIHH LAB」など、時計文化や時計技術に対する展示を続けてきたFHH(Fondation de la Haute Horlogerie)主催の旧SIHHとの決定的な違いだ。
2000年以降、実用品から趣味のラグジュアリーアイテムへと時計の意味と価値が激変し、時計フェアはこの状況に対応した「変身」を求められていた。だが、バーゼルワールド事務局は時計ブームに甘え、旧態依然とした時計業界関係者のための単なる見本市であり続けてきた。
時計フェアは今、ビジネスの場である以上に、時計という文化的で芸術的なアイテムの魅力を世界に、それもできるだけ多くの人々に発信するための「世界時計文化祭」であることを求められている。
このニーズに応えることは「時計文化に対する敬意と情熱」がないバーゼルワールド事務局や、時計の歴史と文化が乏しい地元バーゼル・シュタット州には不可能なことなのだろう。だから、FHHという「時計文化の振興と継承」を掲げた団体の手で、スイス時計発祥の地であり、時計文化を誇りとするジュネーブにフェアが事実上、統合されようとしているのは必然なのだ。
今、時計業界で最も注目されている組織であるFHHは、2005年の創設以来、時計文化の継承・発展・啓蒙に地道に取り組んできた。次回は、ジュネーブでの新しい時計フェアの中核となるはずのFHHの組織や活動について紹介したい。
※2020年4月23日の為替レート(1スイスフラン=110.62円)で計算。
渋谷ヤスヒト/しぶややすひと
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。
https://www.webchronos.net/features/44258/