愛好家がコレクションと共にひもとく、ブライトリング「クロノマット」の魅力

2020.06.18

2004年「クロノマット・エボリューション」

ブライトリング「クロノマット・エボリューション」
よりマッシブになったモデル。ケース径は43.7mmに拡大、それに伴い防水性能も300mに向上している。自動巻き(Cal.13)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径43.7mm)。300m防水。

 ブライトリングの経営は父アーネストから息子セオドアに移り、デザインの主体もエディ・ショッフェルのカラーがより強くなっていった。「ベントレー」コレクションなどで、大型で複雑な外装の仕立てを持つ華麗な時計を登場させた後、04年に「クロノマット・エボリューション」が登場したのであった(後にクロノマットに名称は回帰した)。

 最大の特徴はケース径が39.5mmから44mmに拡大されたことである。そのためダイアルの寸法に余裕ができて、外側に寄りすぎになる傾向があったインダイアルが内側の自然な配置になるなど、クロノマットはより伸びやかなデザインを手に入れることができた。

ケース径が大きくなったことにより、クロノマット2000まではダイアル外周に寄りすぎだったインダイアルが内側に移動。バランス良く配置された。

「パイロットの袖が通りやすい」という命題はついに破棄されて、ラグは伸ばされ下向きに下げられたのであった。クロノマットは2000までのモデルでは特にそのスムーズな形状もあって装着感は良好であった。それはケースが大型化したエボリューションであっても、腕上での安定性はサイズアップから想像されるよりも良好で、着け心地は保たれていたのである。これはラグを下げたことよって重心が相対的に下がったことが要因だ。

 ここ1、2年の時計サイズは縮小傾向にあり、コンパクトなモデルも積極的に登場するようになってきたが、00年代後半から10年代は超大型の時計が最も花盛りな時期であり、エボリューションは正しくその雰囲気を体現しているのである。

 そして適切な重量バランスとサイズが拡大されたパイロットブレスレットのおかげか、エボリューションは一度着けてしまえば存外重い時計を振り回すストレスは少ないのである。例えばブライトリング自身でもより実務的な仕立てを持つアベンジャーシリーズなどではチタンなどの軽い素材でなければ重量感を感じやすい(とはいえ、例えばパネライ「ルミノール」のような超大型時計を分銅のようにブンブン振り回す感覚までは行かない事が多い)。おそらくエボリューションとそれに続く現行モデルなどが大型であってもフィット感に優れるのは、「ハーキュリーズ」やベントレーのような巨大なモデルで経験を積んできた研鑽が効果をもたらしているのであろう。

ライダータブのビスはこれまでよりもフラットなものに変更された。ヘッドの重量増に対応すべく、パイロットブレスレットのラグ幅も広くなっている。

 クロノグラフプッシャーはそれまで用いたれてきた玉ねぎ型から、ついにねじ込み式に変更された。ねじ込み式プッシャーは操作が煩雑なものが多いが、本作は一旦解除してしまえばプッシャー自体の大型化もあって比較的操作しやすい。例えばねじ込みを解除した時の終点が分かりやすいことなど、実使用の点で実に細やかな配慮を示しているのである。

 また解除しても防水性能が保たれているというのも安心感をもたらしてくれているのである。リュウズも大型化したことによって初代以上の操作性を取り戻すことに成功した。こと時計・クロノグラフとしての使い勝手についてはエボリューションはその華麗な外観に反して、原点回帰とも言える使い勝手を取り戻しているのである。

 非常によく調律されたCal.13はその精度の高さも特筆するべきものである。振り角を押さえて耐久性に注意を払う、という後年のスタンスはより「高級な」メゾンとして正解なアプローチであると思う一方で、クロノマットやアベンジャーのような「計器」としての魅力を全面に押し出す時計としては、精度にすべてをかける当時の姿勢はむしろかっこいいものではないだろうか?

よりマッシブになったパイロットブレスレット。ヘッドとの重量バランスが優れるため、時計全体が大ぶりにこそなったが、装着感は相変わらず良好だ。

 また工作・組み立ての精度が非常に高いためか、Cal.13は7750の持病であるリュウズを操作した時の針のふらつきが小さいのも非常に心地よい。針の遊びについて超高級メゾンであっても気をつけられるようになったのはここ数年のことである。

 例えばショパールのL.U.CやA.ランゲ&ゾーネのランゲマティックといった超高級ムーブメントであっても遊びが大きく、針合わせをきちっと行うのは一苦労であったのだ(その点でいうとパテック フィリップとロレックスは動きがビシッとしたものが大半なのは流石というべきか)。IWCの79系といったCal.13と同様にETA7750をブラッシュアップした優れた精度を持つムーブメントであっても、針の操作感だけはブライトリングのCal.13に及ばないのである。7750としては望外な出来栄えということを筆者は強く強調しておきたいのである。この素晴らしい7750を味わうだけでもクロノマットを買う価値はあるだろう。

ラグは短いながらも下向きに延ばされるようになった。ケースの磨きはこれまでのモデル以上に上質なものになっている。リュウズはより大きく、クロノグラフプッシャーはねじ込み式に変更されるなど、これまでで最もマッシブなイメージだ。

 とはいえ、そのムーブメントを見せないソリッドバックのケースなこともあり、クロノマット・エボリューションは依然として、優れた実用時計としての側面を保っているのである。筆者はエボリューションを手に入れるのにあたっては初代のAOPAモデルとは逆に、ブライトリング得意の美しくきらめくMOP文字盤のモデルを選択した。文字盤やケースのバリエーションの豊富さはクロノマットが持つ魅力の大きな要素であろう。

 色やインデックスの組み合わせ、ビコロやブレスレット(ブレスもビコロにすると華やかさが一層際立つ)、そしてこの時計のようなMOPなどの素材による多様なデザインバリエーションによって落ち着いたモデルから華麗なモデルまで使用者の好みに応じた多彩なバリエーションはややもするとひとつの色に代表されがちな時計の中では非常に魅力的なポイントなのである。

 ところでクロノマット・エボリューションの外装で目立つことに、文字盤で用いられているフォントがそれまでの剛健な感じのゴシック体から流麗なセリフ体に変更された点も挙げられる。このことでエボリューションはこれまでのモデルと比較して大きさの変化以上に、さらに華美な印象を得たのであった。