パワーリザーブ及び感触
3つのムーブメントは、現行の自動巻きとしては望ましいパワーリザーブを持っている。IWCは約60時間、ジャガー・ルクルトは約70時間、そしてグランドセイコーは約80時間である。
あえてパワーリザーブを抑えたのはIWCである。主ゼンマイの長さを伸ばせばまだパワーリザーブは延長できるはずだが、同社はテンワの慣性モーメントを大きくし、携帯精度を改善する方法を選んだ。ただし、LIGAで成型した軽い脱進機を載せたら、パワーリザーブはもう少し延びるかもしれない。
IWC「ポルトギーゼ・オートマティック40」が搭載するCal.82220。ベースとなったIWCの82系ムーブメントはセンターセコンド輪列だが、輪列を追加することで、“適切な位置”のスモールセコンド化を果たした。伝統のペラトン自動巻き機構のベアリングと爪が噛み合う中間車がセラミックス製となり、より耐久力が増している。
今風の設計を取り入れたのはジャガー・ルクルトである。脱進機に軽いシリコンを使うことで伝達効率を改善。加えて、主ゼンマイの香箱を薄くし、香箱真を細くすることで長い主ゼンマイを収めることに成功した。結果として、新しい899は、直径26.2mmというサイズにもかかわらず、約72時間ものパワーリザーブを持てるようになった。なお、香箱真を細くし、長い主ゼンマイを収めるという解決策は昔から知られていたが、主ゼンマイが切れやすくなるため、採用するメーカーは皆無だった。対して2010年代以降は、スウォッチ グループ(とりわけブレゲ)がこの手法を取り入れるようになった。しかし、まさかジャガー・ルクルトが追随するとは予想もしていなかった。
グランドセイコー「グランドセイコー60周年記念限定モデル SLGH003」が搭載するCal.9SA5。MEMSで成形された高効率な同軸脱進機、「デュアルインパルス脱進機」を採用する。また、セイコーとして初めて緩急装置にフリースプラングを使用し、そのヒゲゼンマイに巻き上げヒゲを組み合わせるなど、意欲的な設計が目を引く。
古典的なダブルバレルを選んだのはセイコーの9SA5である。香箱を並列に配置してパワーリザーブを延ばす手法はかなり有用だが、ムーブメントに大きなスペースが必要となる。幸いにも、9SA5の直径は大きいため、セイコーの技術陣は無理なくダブルバレルを収めることに成功した。なお、グランドセイコーのメカニカルとスプリングドライブは、多くの人のイメージに反して、実は主ゼンマイのトルクが大きくない。時計業界で標準的なETA2892A2より小さいにもかかわらず、3万6000振動/時というハイビートと、長いパワーリザーブ(ダブルバレルでない9S85でさえ約50時間もある)を実現したのだから、駆動系の効率は極めて高いと言える。
読者が興味を持つであろう感触についても触れたい。IWC、ジャガー・ルクルト、そしてグランドセイコーの3つは、量産ムーブメントながら感触が極めて良い。正逆方向のいずれに回してもリュウズにざらつきや引っかかりはなく、日付の切り替わり音も小さい。ETAやセリタとは明らかに違う感触は、この3本が優れたマニュファクチュール製であることを示している。
IWCの82000系は、6時位置のスモールセコンドを9時位置にある4番車で駆動している。文字盤側に付加機構(モジュールではない)を加えて、秒針位置を変えるというアプローチは、ETA7750の改良版を載せていた、かつての「ポルトギーゼ・クロノグラフ」に同じだ。そのため、リュウズを逆方向に回すと秒針が「跳ねる」という現象が起こる。IWC曰く、耐衝撃性のためにあえて秒針を頑強に保持しなかったとのこと。
ジャガー・ルクルト「マスター・コントロール・デイト」が搭載するCal.899AC。ジャガー・ルクルトの基幹キャリバーとして長らく使用されてきたCal.899の脱進機をシリコン製とすることでパワーリザーブを約38時間から約70時間と、大幅に延ばした。また、長年の課題だった針飛びも改善されている。
針飛びを言えば、新しい899は完全に解消されている。899とその祖に当たる889系は、2番車をオフセットした輪列ならばほぼ例外なく起こる、針飛びという問題を抱えていた。ちなみにこれは、ジャガー・ルクルトに限った問題ではない。対して同社は、輪列の一部にLIGAで成型した弾性のある歯車を使うことで、針飛びを完全に抑えてしまった。結果、新しい899は、2番車オフセットにも関わらず、針合わせ時に気を遣う必要がない。唯一残念なのは、やや大きめのローター音である。ローターのベアリングにセラミックス製のベアリングを採用する自動巻きは、パテック フィリップを例外としてローター音がやや大きい。ムーブメントが厚ければ音を抑えられるだろうが、899はかなり薄いムーブメントだ。ローター音は、高い耐久性と薄さとのトレードオフと考えるべきだろう。
結論
冒頭で述べたとおり、この3モデルは何を選んでも文句の付けようがない。筆者は2020年のベストにポルトギーゼ40を挙げたが、グランドセイコーファンならば9SA5入りになっただろうし、ジャガー・ルクルトファンならば、きっと新しいマスター・コントロールを選んだだろう。上質な外装に、スポーツウォッチに使えるほどの屈強な心臓の組み合わせは、実用時計の水準をかつてないほど引き上げた、と言えるだろう。正直、これほど良質なベーシックウォッチが手に入るようになったことを、素直に喜びたい。
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