近年ではより野心的な時計が登場
近年では技術的にも芸術的にもより野心的な時計が登場している。2000年、ジャガー・ルクルトはミレニアムを記念して、1000年先までのカレンダーとムーンフェイズを表示するキャリバー555搭載の「アトモス・マルケトリー・デュ・ミレネール」を発表した。これは寄木細工職人のフィリップ・モンティとジェローム・ブットソンによって製作された、アルフォンス・ミュシャの有名な作品が寄木細工で再現されたアールヌーボー調の木製キャビネットに収められている。
2015年に発表された「アトモス・マルケトリー・セレスト」では、ジャガー・ルクルトは17世紀に作られた麦わらの寄木細工と希少な鉱物を組み合わせ、天文につながる時を刻む芸術作品を作り上げた。ラピスラズリの空とマザー・オブ・パールの月を配したムーンフェイズを備えたクリスタル製ケースの両脇には、つややかなブルーの麦わら細工のキャビネットが組み合わされている。搭載されているキャリバー582は、レギュレータースタイルの表示を持ち、時・分・24時間・月表示、そして3861年までのパーペチュアルムーンフェイズを搭載する。キャビネットはパリに拠点を置く麦わら細工専門のアトリエ、マオニアで作られている。
パリに拠点を置く有名ブランド「エルメス」は、ジャガー・ルクルトと長年にわたって時計やその他の製品で提携しており、近年では、球状のクリスタルケースを用いたキャリバー560aを搭載する「アトモス・エルメス・クロック」を共同で開発した。この時計は、1586年に創業したフランス・アルザス地方のクリスタル製造会社サン・ルイのガラス職人による、ドゥブレと呼ばれる二重構造のガラスケースを備えたものだ。この技法によるガラスは、一握りの熟練したガラス職人だけが持つ知識と技術で作られ、表層ともう一層のレイヤーからなり、表層のカラーガラス部分を下の層を侵食せずに切り出していくというものだ。エルメスの時計では、この技法によってクリスタルの球体の中にビーズのような透明な「泡」が作られ、そこから時計の内部機構が見えるようになっている。ベルモンはこれをゴルフボール表面のくぼみに例え、クラフツマンシップを称賛し、次のようにコメントしている。「非常に洗練された難易度の高い技法だ。なぜなら、すべての円を完璧に配置しなければならないからである。完成した製品は、まさに芸術作品だ」。
マーク・ニューソンと連携
現代のアーティストでアトモスと緊密な連携を取ったのがマーク・ニューソンだ。オーストラリア出身の元銀細工師で、現在では建築とプロダクトデザインでその名を知られている。ニューソンのクライアントにはアップルからB&B イタリア、そして担当したコンセプトカーに受賞歴をもたらしたフォードなどが名を連ねている。ジャガー・ルクルトと組んだのは2008年からであり、そしてこの10年来で最も特筆すべき3つの作品を生み出している。そこにはフランスのバカラによるガラス製造の粋が息づいている。もっとも印象的なのは、クリスタル製キャビネットを備えた2016年発表の「アトモス568」である。
「マーク・ニューソンは、もともとはレベルソでの提携を希望していた」とベルモンは明かす。「彼のスタイルにはアトモスの方が合うのではないかと私たちは考えた。最終的に彼は、古典的なアトモスを再構築して、単に時間を刻むだけではないオブジェを作るというアイデアを受け入れた。彼が求めたのは、透明なケースを1枚のクリスタルで作ることだったが、これは非常に難しいことだった。それを実現できるメーカーを世界中で探した結果、バカラだけが挑戦してくれた。この製品が完成するまでには、大変な時間と労力がかかった」。
最終的な完成品は空中に浮かんでいるような計時機構を備え、透明な文字盤上にブルーの透明なアラビア数字インデックスとブルーの針、円型スケールの月表示、青い空に白い月があしらわれたコンプリートムーンフェイズが備わったものであった。
ジャガー・ルクルトは2019年にも「クリスタルクリア」な美学を採用した「アトモス・トランスパラント」を発表しているが、これはマーク・ニューソンが提案した前衛的なものよりも、よりシンプルでかつアールデコ調の雰囲気を湛えたものである。ガラスの文字盤には深みのあるブラックのアワーマーカーと針が配され、無反射加工が施され、217点のパーツで構成されるキャリバー563の構造が見える。大きなテンプや垂直方向の輪列、そして機械的な「肺」であるガスを充填したふいごなどである。
アトモスが誕生して100周年を迎えようとしている今、ジャガー・ルクルトはこの多機能かつユニークな時計でどのような高みを目指しているのだろうか? ベルモンは、今後数年間は新しい複雑機構や最先端のデザインを探求していくことになるだろうと語っている。「アトモスには常に追加機能の開発という挑戦がつきまとっている。1990年代の終わりに最初のムーンフェイズを開発してから、徐々に他の機能を追加してきた。アトモスは消費エネルギーが非常に少ないため、追加する複雑機構に割けるパワーはあまりなく、結果としてこれは大きな挑戦になる」と彼は続ける。
このような制限があるにも関わらず、ジャガー・ルクルトは何年もかけてこれまでにムーンフェイズ、天球図、レギュレーター文字盤、均時差表示、さらにはルモントワール(定力装置)を備えた「アトモス・ミステリユーズ」(ミステリークロック)などのアトモスを展開してきた。 次のステップは何だろうか? 「リピーターや永久カレンダー、星座の位置を表示するもの、あるいはちょっとしたアニメーションを使ったものなどが考えられる。アトモスは美しいが、非常に静かである。そこにさらに生命感を与えられたら素敵だ」とベルモンは語る。アトモスには新たな可能性が秘められている。
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