ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信
世界に“たった1本”の超稀少な時計が出品されることで有名な「オンリーウォッチ」オークション。ここで発表されたユニークピースが、ブランドによって後にレギュラーモデル化されることもあるから、ある意味、“先物”チェックの意味合いもあって、年を追うごとに時計好きたちの注目度が高まっている。その第9回目となるオークションが、2021年11月6日(土)午後2時、スイス・ジュネーブのイベント会場「パレクスポ」で開催される。各ブランドの出品作が出揃ったところで、その意外性と圧倒的な独創性で世界の“目利き”たちの注目を集めるのが、F.P.ジュルヌの作品だ。
(2021年9月19日掲載記事)
難病の治療研究開発支援を目的とした「オンリーウォッチ」オークション
2005年に第1回が開催されて以来、今年で9回目。奇数年に開催されるモナコの「オンリーウォッチ」オークションは、時計愛好家にとって年々見逃せない楽しみなイベントになっている。
このオークションは、モナコ公国のアルベール2世公の提唱により創立されたモナコ筋ジストロフィー協会による、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)という難病の治療研究開発支援を目的としたもの。
DMDは筋ジストロフィーの一種で、X染色体上にある遺伝子の変異が原因で、筋肉を丈夫に保つために重要な役割を持つ「ジストロフィン」というタンパク質が作られないため、筋力が低下してしまうという深刻な病気だ。正確な統計はないが、日本でも数千人がこの難病と闘っている。
その趣旨に賛同した時計ブランドは、このオークションのために特別に世界で唯一無二のユニークピース(オンリーウォッチ)を開発、製作して協会に提供する。この作品は世界9都市で巡回展示された後、最後にジュネーブで開催されるクリスティーズのオークションで競売に掛けられる。そして、オークションで得られた売り上げのすべてが、DMDの治療研究開発活動に寄付されることになっている。
唯一無二の超絶モデルが続々と登場
この「オンリーウォッチ」オークションに出品される唯一無二の作品は、年を追うごとに、その独自性、稀少性、技術的、芸術的な価値が高まっている。その結果、落札価格も開催ごとに高くなる一方だ。
前回2019年には、20もの複雑機構を備えたパテック フィリップの超絶コンプリケーションモデルのユニークピース「グランドマスター・チャイム Ref.6300A」が、2017年10月にニューヨークで行われたフィリップスのオークションでポール・ニューマン本人愛用のロレックス「コスモグラフ デイトナ Ref.6239」が記録した1775万2500USドル(約20億2609万円)の記録を大きく上回り、3100万スイスフラン(約34億円)という、腕時計としては時計オークション史上最高価格で落札されたことは、今も記憶に新しい。
今回2021年は、ブルガリを筆頭に参加ブランドが4ブランド増えて54ブランドになった。つまり、54の“オンリーウォッチ”が出品されているのだ。今回の出品モデルは、どれも素晴らしいもの、魅力的なものばかり。落札予想価格も幅広く「もしかしたら手が届くかも」と思ってしまうものも。ただそうしたものほど、入札が殺到して落札価格が上がるのがオークションの常なのだが……。
そして今回の出品モデルで目立つのは、これまで使われていなかった新素材、稀少素材の採用だ。具体的には、バルクメタリックガラス素材をベゼル等に採用したオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク “ジャンボ”」や、エイジング加工したステンレススティールを採用したチューダーの「ブラックベイ GMT ワン」、優れた耐食性を持つレアメタルのタンタルをケース、リュウズ、バックルに採用した「オクト フィニッシモ パーペチュアル カレンダー タンタル」など。これは2021年の新作時計の大きなトレンドでもある。