F.P.ジュルヌとF.F.コッポラの“共同作品”
そんな、素材面でも話題作揃いの2021年開催の「オンリーウォッチ」オークション。その中でも、筆者が「これは凄い」「なんとか実物を目の前で見たい」と思った作品がある。それが独立時計師の頂点を極めたひとり、フランソワ-ポール・ジュルヌ氏と、映画「ゴッドファーザー」「地獄の黙示録」の監督や、数々の傑作映画の脚本、プロデューサーとして知られる名匠フランシス・フォード・コッポラ氏との“共同作品”であるF.P.ジュルヌ「FFC ブルー」だ。
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タンタル製のケースに収められたローズゴールド製のムーブメント。その真上中央にブルースティール製の右手が置かれている。一度見たら忘れられない大胆なデザインの文字盤が目を引くこのモデルは、この右手が独自のハンドサインで時を、さらに文字盤外周にある1時間に文字盤を1回転するインジケーターで分を表示する。つまり、この手はオートマトンなのである。
興味深いのは、この「ハンドサインで時を表示する」というアイデア、「時を表示するハンドサイン」のデザインが、フランシス・フォード・コッポラ氏(FFC)その人のものであることだ。
2012年にジュルヌ氏は、カリフォルニアワインの名産地ナパ・ヴァレーにあるコッポラ氏の自宅に招かれた。そこで夕食を共にした際、コッポラ氏本人から「手を使って時間を表示することはできないか?」と尋ねられた。それがこのモデル開発のきっかけだという。
5本の指で1時から12時、すなわち12の異なる時間をどう表示するのか。そのオートマトン機構について開発のメドが立ったことを、ジュルヌ氏はコッポラ氏に伝えた。すると、この時計に採用されたこのハンドサインのイラストがコッポラ氏からジュルヌ氏に送られてきたという。
ところで、この「手のオートマトン」の手は「誰の手」なのか?
マルセイユの時計学校とパリの時計学校を卒業。親族と共に、パリにある工芸技術博物館(The Musée des arts et métiers)の収蔵品になっていた歴史的な時計の修理や修復にも関わり、フランス人の時計師たちの時計技術に対する偉大な貢献を知ったというジュルヌ氏は、歴史的なあらゆることに造詣が深い。
だからこの「手のデザイン」というか、手や指の造形にも、しっかりと歴史的な背景がある。モチーフになっているのは、フランス人の床屋医者(今で言う外科医)のアンブロワーズ・パレ(1509-1590)が作った「機械仕掛けの手」なのだ。
パレは、近代外科医学の発展に大きく貢献し、フランス王室の筆頭外科医になった人物で、数々の手術道具を考案した。この「機械仕掛けの手」も、彼が解剖学的な見地から作ったもののひとつだ。
さらに銃創の治療法を考案したり、それまで行われていた、外傷部に煮立たせた油を掛けるという今から考えればありえない治療を、軟膏を塗る治療に変えたり、血管を縛って出血を止める方法を導入するなど、「患者に優しい」外科医療の創始者として知られる。また、病気の治療で中心的な役割を果たすのは患者自身の治癒力であり、医者はその手助けをしているだけだ、という今日につながる医療観や、国王も庶民も分け隔てなく治療したというエピソードもある。
ジュルヌ氏は、パレの作った「機械仕掛けの手」をモチーフにすることで、改めてこのフランスの偉人にスポットを当てたいと思ったのだろう。またメカニズム的にも、誕生から20周年を迎えた自社製キャリバー1300に、このオートマトン機構を組み込むこと自体、かなりの挑戦だったはずだ。
そして、片方向巻き上げ仕様のゴールド製ローターには、アンブロワーズ・パレとフランシス・フォード・コッポラの名前が刻印されている。
ジュルヌ氏とコッポラ氏の共同作品であるという話題性に加えて、この文化的な奥の深さには、さすがと唸るしかない。やはり、F.P.ジュルヌは傑作揃いの今年の「オンリーウォッチ」オークションの中でも別格の存在だ。
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